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湖國寂静紀行“天地開闢の力・天之御中主尊神社”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

8月2日から滋賀県に発令された新型コロナウイルス感染拡大抑止のためのまん延防止等重点措置。8月27日から9月12日、後に30日まで延長して発令された緊急事態宣言。

現状が急激に(数値上)悪化方向へ転じなければ明日でもって規制解除となるのでしょうが、果たしてこのままで良いのでしょうか。実際規制期間中にも関わらず、県外者の流入は相当認められましたし、人流も確実に増加していました。昨年の今頃と比しても、自身の周囲にもコロナが迫りつつあるという危機感を強く感じました。

メディアでの論調でも散見されるように、『感染抑止のための行動が明らかに緩みを生じていたのに何故(数値上の)感染者が減じたのか』について、今こそ徹底的に検証を行うべきと考えます。アフターコロナを1日も早く迎えるためにも必要不可欠なことではないでしょうか。

さて今回も引き続き近江八幡市の旧近江八幡市エリアを訪れております。

突然ですが、皆さんは『有名な日本の神様』といえば、どなたの御名が浮かびますか?

高天原を統べる主宰神で伊勢神宮に祀られる天照大神(アマテラスオオミカミ)。高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界(地)の主宰神で出雲大社に祀られる大国主命(オオクニヌシノミコト)。日本列島を構成する島々を創成した国生みの神で多賀大社に祀られる伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)でしょうか。

でもその前に、『古事記』や『日本書紀』には“天地創造を成した神様”の記述が存在することをご存知ですか?

天之御中主尊神社 参道

先日訪れた鶴翼山(八幡山)の北西。長命寺山の南麓に天之御中主尊神社(あめのみなかぬしのみことじんじゃ)が鎮座御座します。

こちらの神社の存在を知ったのは今から10年前のこと。『むべ』の取材で近くを訪れた際、この神社のことが妙に気になって仕方がない衝動にかられました。後日調査を開始するものの、神社の名前が難解で当時は結局何も解らず仕舞い。仕事の忙しさも手伝って、そのまま忘却の彼方に。

昨年になってふとこの忘却事案を思い出し、再調査を開始。概要は掴み出せつつも、今度は参拝の機会に恵まれないという事態に。なかなか御縁の糸を手繰り寄せられずにいました。

そして今夏。ようやく参拝の機会を得ることが出来ました。

天之御中主尊神社 境内

市道から参道に入り、50m程進むと6台程度パーキング可能な駐車スペースがあります。但し、参道前にある鳥居の幅は非常に狭いので、運転に自信の無い方は近くに駐車された方が良いかも。ある種、ここの神様に拝謁するための最初の関門なのかも知れません。

そして一段高い場所に境内があり、ここから手水舎、拝殿、境内社、本殿と進みます。境内は水がせせらぐ音で溢れています。これにより喧騒が打ち消され、非常に清らかな雰囲気を醸し出しています。

これは飽くまでも私事ですが、小生ととても相性の良い神様に出逢うと、必ず起きる現象があります。別に霊感が強い訳でもありませんし、スピリチュアルカウンセラーでもございません。でも神様と向き合った瞬間、それまで無風だった周囲にそよ風が吹き、鎮守の森がさざめくのです。そう言えば伊勢神宮でも似たような出来事に遭遇したような・・・。

今回も本殿にて奉拝した瞬間、風が吹きました。『ようやく出逢えたな』と歓迎して頂けたようで嬉しかったですね。

なお境内社には伊邪那岐命と伊邪那美命を祀る多賀神社。天照大神を祀る皇大神宮。大国主命を祀る大嶋神社が鎮座御居しまし、まさに日本神話の大御所揃い踏みといった様相です。

天之御中主尊神社 本殿

お話を本題に戻します。

タイトルにある天地開闢(てんちかいびゃく)とは、天地に代表される世界の初めの時のこと。即ち天地創造、宇宙の起源、万物の根源のことを表します。

『古事記』『日本書紀』によると、この大業(但し如何に創造されたかの具体的な記述は存在しない)を成し遂げたのは、三柱の神(造化の三神)と呼ばれる天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)・高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)・神産巣日神(カミムスヒノカミ)であるとされています。

特に天之御中主神は近世に於いて北極星・妙見信仰(北極星・北斗七星を神格化した妙見菩薩を中心とする仏教信仰)とも習合して、至高・根源の神として中心的役割を果たしました。

もうお解りですよね。こちらの神社の御祭神は、その名が示す通り天之御中主神なのです。

また御由緒書には、『天台宗の隆盛の頃、長命寺の鎮守として下八王子を勧請し、虚空蔵大菩薩神社として祀られた。慶長四年造立の棟礼が存するが、創立年代は未詳である。日吉社の七社中の下八王子虚空蔵とあるのを下八王子天御中主命に習って、虚空蔵即ち天御中主尊とし社名を決定したと伝える。明治九年村社に加列。』とあります。

特に神仏習合・本地垂迹の色が濃く、比叡山と天台宗の守護神でもあった日吉大社(大津市)の山王二十一社の1つ、下八王子社(現在は八柱社)から神様をお招きして、長命寺の守護神としたのが現社殿の前身。但し 下八王子社の本地仏が虚空蔵菩薩であるため 、当初はその名を社名に反映させた。しかし明治元(1868)年3月に発布された神仏分離令により、公然と“菩薩”を祀ることが不可能となり、現在の社名に変更。また長命寺との関連も断ち切り、地元の氏神として信仰を護ったと解釈するのが妥当でしょう。

ただ下八王子社の本地仏は虚空蔵菩薩ですが、御祭神は五男三女神(須佐之男命と天照大神の誓約によって誕生した五柱の男神と三柱の女神の総称)であるため、ここから天之御中主神が導き出されたというのは些か疑問が残ります。天之御中主神の本地仏が虚空蔵菩薩であったという事実も見当たりません。ただ熊本県に鎮座御居します四山(よつやま)神社では、同様に虚空蔵菩薩をお祀りしていたものの、神仏分離令により虚空蔵菩薩の徳に相当する三柱の神(造化の三神) 、即ち天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神を祀ることで信仰を護ったという事実が存在することから、どうやら真相はここにあるように思われます。

また創立年代は未詳であることと、神社裏手の山系で津田山の山頂付近に天之御中主神の磐座(天之御中主尊神社奥宮 )が存在することから、古くから天之御中主神はこの地で祀られており、下八王子社勧請の際習合されたとも考えられます。

天之御中主尊神社 奉拝色紙

難解なお話はこれくらいにしておきまして・・・。

色々「謎」に包まれた天之御中主尊神社でありますが、ご利益だけは抜群の高さを誇るようです(但し普段からの正しい行状と崇敬の念が前提ですが・・・)。

実際、日露戦争で当時世界最強と謳われた彼のロシア帝国・バルチック艦隊を日本海海戦で撃滅した名指揮官・東郷平八郎海軍元帥や、読売ジャイアンツ終身名誉監督の長嶋茂雄氏も監督現役時に参拝したと伝えられています。また全国各地から事業主さんを中心に参拝者が訪れているようで、一地方の氏神さんとは思えない崇敬振りです。

奉拝後、写真の色紙を下賜戴きました。然も宮司さんの完全御手製。御守や絵馬は何処の神社でも見受けられますが、このような神職さんの温かみを肌で感じられる授与品は初めて。帰宅後ちゃんと神棚にお祀りしております。

因みに・・・参拝後、仕事でいきなりとある部署を任されました。一時は不採算部門として閉鎖も止む無しと呼ばれたセクションで、「遂に自分もこの部署同様お払い箱か・・・」とも思いました。ところが担当直後から月次平均10%に迫るV字回復。スタッフの皆さんには率先して職場環境改善に協力して戴き、そのお陰で雰囲気がガラリと好転。他部署が業績不振にあえぐ中、今や事業部門内で唯一の回復を果たしています。

これも偏に天之御中主神様の御神徳の賜物と、心より感謝奉る次第です。

沖島・姨綺耶山系 遠景

近江八幡市で琵琶湖に突き出て東西に連なる山々を姨綺耶山系(いきやさんけい)、または奥津島(おくつしま)と呼ばれ、古くは島であったとされています。

近江高天原説では、この山こそが神話の中で伊邪那岐命と伊邪那美命 が世界で最初に創造したという陸地、“おのころ島”で、ここから野洲川に至る湖東平野が高天原ではないかと言われています。

何れにしましてもミステリアスでロマン溢れる、静かなるパワースポットであることには間違いないようです。

まだまだミステリーなスポットを秘めていそうですので、改めてじっくりと下調べを行い、再度訪れてみたいと思っております。

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天之御中主尊神社

・滋賀県近江八幡市中之庄町612番地

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