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白水池の悲恋物語“御澤神社と龍王寺”の伝説(後篇)

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

引き続き、白水池の悲恋物語“御澤神社と龍王寺”の伝説をお届け致します。

さて今回は蒲生郡の竜王町エリアを訪れております。

東近江市と近江八幡市、そして蒲生郡竜王町の境界にそびえ位置し、国指定史跡・雪野山古墳で古代ファンにも馴染み深い雪野山(別称・龍王山)。その南西の麓に雪野山 龍王寺(ゆきのさん りゅうおうじ)という天台宗の寺院があります。

雪野山 龍王寺

川守集落から北東へ約600m。日野川の野路橋を渡ったところにひっそりと佇んでいます。

龍王寺と言えば、旧暦8月15日(中秋)に行われる天台宗の秘法・喘息病封じ“へちま加持祈祷”が余りにも有名です。小生も幼少の頃小児喘息に罹患していて、両親に毎年この行事へ連れてこられました。

参道の両脇に多くの露店が並ぶ大きなイベントではありましたが、当時前述の野路橋は人の往来がやっとの幅の、欄干も手摺も無い簡易の渡り板で作られており、これを渡るのが恐怖以外の何物でもなかったという辛い想い出があります(苦笑)。

龍神池

奈良時代前期の和同3(710)年。元明天皇(第43代にして史上5人目の女性天皇/661~721)の勅令で行基により雪野寺(通称:野寺)として開山され、昨年創建1300年を迎えたとても歴史のある寺院です。

境内には苔むした趣のある庭園の中心に、龍神池と称する池があります。この池は御澤神社の白水池と水脈が繋がっていると伝えられており、互いに白濁した水を湛えていることがその証であるとされています。

さて、恋慕の情に堪えられぬ小野時兼のその後や如何に・・・

龍王寺 鐘楼

三和姫のことを片時も忘れられない時兼は、雪野山の坂(通称:女坂)を越え平木の御沢池に出向きます。しかしそこで出逢ったのは、白い大蛇に化身した三和姫でした。余りの怖ろしさに時兼は、九十九夜目に玉手箱を開けてしまいます。

すると中から龍の姿が刻まれた釣鐘が出現しました。後に時兼はこの釣鐘を寄進し、それが現在も龍王寺に安置されている梵鐘 野寺の鐘であると伝えられています。それ以降、御沢池で大蛇を見掛けなくなったとも言われています。

梵鐘 野寺の鐘

さてこの『白水池の悲恋物語』には、こんな異説が伝わっています。

登場人物は同じなのですが、舞台は平安時代後期。三和姫は実は平重盛(平清盛の長男)の忘れ形見で、藤原頼長(旧儀復興・綱紀粛正に取り組んだ公卿で保元の乱にて敗死)の奸計に陥れられ、無実の罪で福原の都を逃走し流浪の旅に。その後この地で時兼に出逢ったとされています。

ところが時兼は御沢の蘆摩津池(あしまつち)という守護男神の大蛇に魅せられていたので、三和姫も蘆摩千地(あしまちち)という守護女神の大蛇に憑りつかれ、二人とも池の底に引き摺り込まれてしまいます。

何とか世のため人のために尽くしたいと思った三和姫は八大龍王に祈願したところ、天上して龍王に会合します。すると龍王から「お前は大蛇となってしまったのは気の毒なことだが、蘆摩津池はこの沢に永く棲んでいる。以前百済の使節がもたらした龍の甕という鐘には、蘆摩津池の生血が鋳込まれている。お前に御沢の池を与えよう」と言われます。その由縁で三和姫の化粧が水を白くさせているのだと伝えられているとか。

そしてその鐘の下に女性が入ると、立ちどころに吸い込まれてしまうのだそうです。

どちらが信憑性の高いお話なのかは定かではありませんが、このエリア一帯を巻き込んだトゥルー・ラブ・ストーリーであることは間違いないようです。

因みに・・・竜王町綾戸に鎮座御座します、近郷三十三村に渡り氏子を有する国宝・苗村(なむら)神社。その宮司さんの姓は何と小野さん。つまり前述の小野時兼の末裔であると伝えられています。

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雪野山 龍王寺

・滋賀県蒲生郡竜王町川守41
【TEL】 0748-57-1380

苗村神社

・滋賀県蒲生郡竜王町綾戸467
【TEL】 0748-57-0160

【おしまい】

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