Category Archives: 浪漫回廊紀行番外篇

“大極殿本舗 栖園”再臨

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

皆様お久し振りです。息災でいらっしゃいますでしょうか。自身の意識には全く無かったのですが、前回の更新からもう3箇月も経過していたのですね。時の経つのは早いものです。

 

3月に父が他界して百箇日も過ぎ、「もうそろそろ落ち着くかな?」と思っていた矢先、大東亜戦争中予科練少年飛行兵として出征し、特攻隊員として出撃寸前で終戦を迎えるという波乱の生涯を送った父方の伯父が、6月23日に急逝。新調した旭日旗と制服を纏い、最後の出撃を敢行。同期の皆様が待つ空へと旅立っていきました。

 

・・・ということで相変わらず周囲も落ち着かず、体調もしっくりといかない日々を過ごしておりますが、今回久し振りに所用にて1人で出掛ける機会を得、夏の(くそ)暑い京の都へと赴きました。

 

アールグレイ 所用までには時間がたっぷりございましたので、滋賀の郷土史関連の資料でも物色しようかと古書店巡りのため東山界隈をそぞろ歩くことに。何だか学生時代に戻ったような心持ち。でも最近の学生さんは、古本探しの旅なんてしないのでしょうね。

 

それにしても「何時にも増して今日は何でこんなに人が多いのだろう」と首をかしげていたら、本日は祇園祭の宵山なのだとか。こんな日に所用をブッキングした主催者を恨みましたよ。残念ながらこれといった書物に出逢うことは叶いませんでしたが、色々な古書店の店主さんと世間話が出来たことは、この世知辛い日々に於いて一服の清涼剤となりました。

 

情報発信や収集にNETやSNSを活用している小生が言うのは説得力の無い話ですが、電車に乗っても、喫茶店に入っても、歩いていても、多くの人々が携帯端末に視線釘付け。友人同士で集まっていても、会話そっちのけで画面とにらめっこ。そこまでして時間を割かねばならない必要があるのかなぁ?と昭和感覚で思ってしまいます。

 

人の色々な表情や声のトーンと共に会話を愉しむ。町の片隅に、田舎の路傍に、何気ない空に視線を遣り、日常の中の非日常を感性で愉しむ・・・そんな余裕があってもいいのかなと切々に感じるのです。

 

さて、京の都を訪れたからには、これまた久し振りに訪れたいと思っていたのがここ、大極殿本舗 栖園(だいごくでんほんぽせいえん)です。普段人混みや行列の大嫌いな小生にあって、ここだけは長く待っても苦痛とならないお店です。ここの喫茶の一番人気は何と言っても、月毎にその季節の風情を表現した和洋折衷スイーツ、琥珀流し(こはくながし)です。前回9月(と言っても、もう5年も前の話ですが・・・)に訪れた際は、葡萄がテーマでした。

 

琥珀流し(ペパーミント&サイダー)7月のテーマはペパーミント。見た目の清涼感は高い次元で表現されているものの、決して万人受けするとは言い難い特徴のある香りと味をどう調整しているのか興味津々でした。

 

奇しくも外は夕立。風情ある中庭の木々は、激しい雨に揺さぶられています。注文して程なく、お目当ての琥珀流しが登場。傍らには何とサイダーが添えられていました。

 

早速実食。やはり香りの強いペパーミントは、瞬時に口の中で拡がります。しかし余韻を残さずス~ッと消えていくのです。ペパーミント特有の香りと清涼感が、これ以上でもこれ以下でも嫌味になってしまう・・・とても考え尽くされた絶妙の塩梅に、改めて感動致しました。

 

そして傍らのサイダーを少しスプーンに掬い、琥珀流しと共にお口へ。そうすると口の中で炭酸がプチプチと弾け、また違った食感を愉しむことも出来るのです。「1つで2度美味しい&涼しい」に大満足の旅の締めでした。

 

帰る頃には夕立も止み、やや涼しげな風も吹き始めていました。心に一服の清涼剤を得られたことに感謝。また別の月に訪れたいですね。

 

★5年前の“大極殿本舗 栖園”ファーストインプレッション記事はコチラ!

 

引き続き超スローな更新を、温かくお見守り戴ければ幸甚です<(_ _)>

 

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梅小路蒸気機関車館 Last Run!

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

さよなら梅小路日本最大の規模を誇る蒸気機関車(以降、蒸機と略)の殿堂、梅小路蒸気機関車館

 

この国内屈指の蒸機の聖地が、来る8月30日(日)をもって閉館することになりました。


開館されたのは昭和47(1972)年10月10日。日本国有鉄道により日本の鉄道開業100周年を記念して整備。

 

それから実に43年もの間、ファンを魅了し続けてきました。

 

梅小路の保存機たち開館当初は16輌であった保存機も、現在は20輌の大所帯となりました。

 

今、扇形機関庫に保管されている蒸機は、閉館イベントの一環として前出し展示されています(一部庫内・屋外展示のものもあります)。

 

ズラリと並んだ蒸機は圧巻ですョ!

 

隣の滋賀という眼と鼻の先に住んでいながら、小生がこの憧れの梅小路に初めて訪問したのは意外にも高校3年生という遅いデビュー。

 

C56形160号機その時のSLスチーム号の牽引機は、今でも忘れぬC56形160号機

 

3歳の頃、おぼろげに記憶に残る北海道で見たD51形の貨物列車以来。実に15年振りの現役蒸機との邂逅でした。


そのC56形も長年の酷使が災いし、2017年(平成29年)を目処に現役を引退する予定。

 

いつかは巡ってくる定めとはいえ、実に寂しい限りです(T_T)

 

D51形200号機C56形の後継として、長年構内運転を続けてきたD51形200号機に白羽の矢が当たりました。

 

現在本線復帰に向けてオーバーホールが行われているため、現在バラバラになっています。

 

ついでに小生の大好きなC61形2号機も、オーバーホール中につきバラバラ。

 

個人的にはこちらも本線復帰して貰いたいものです。

 

8620形8630号機閉館に向けてSLスチーム号牽引のトリを務めるのは、大正生まれの古典機・8620形8630号機何と御年101歳の大御所です!

 

JR九州のSL人吉で活躍しているハチロクくん(8620形の愛称、決して某トヨタの自家用車のことではありません)よりも8歳もお兄さんなのです。

 

いまさら閉館理由をここでご紹介するまでもないのですが・・・

 

梅小路蒸気機関車館.資料展示館(旧二条駅舎)来年春にオーブンする京都鉄道博物館としての展示ブースエリアとしてリニューアルされることになりました。

 

ただ梅小路という名称は消えてしまいますので、それに伴う閉館(ラストラン)なのです。

 

施設自体は残りますが、雰囲気は大きく変わるでしょうね。

 

最後にコアな情報を2つ。

 

梅小路蒸気機関車館閉館記念入場券梅小路蒸気機関車館では、先着40,000名限定で硬券切符風の閉館記念入場券を配布しています。

 

これはなかなかのコレクターアイテムですョ!

 

色々な意味で全てがもう残り僅かですが・・・

 

梅小路機関区時代の面影を色濃く残す情景に接することが出来るのは今月限りです。

 

是非その旧き佳き姿を眼に焼き付けにお越しください(^^)/

 

あともう1つは、この過渡期だからこそ見ることが出来る風景。

 

展示予定車輌現在着々と京都鉄道博物館の新たなブースの建設工事が進められています。

 

先頃閉館した大阪の交通科学博物館から搬入された車輌たちが、角度によってはチラリと覗き見ることが出来る場所があります。

 

そんなチラリズムやらピーピーングトムやら的スポットを探してみるのも、また一興です(^^♪

 

とはいえ蒸機三昧が愉しいのは、マニアックなおっさん(小生含む)や元気なボーイだけでしょう。そこでお母さんや小さなお子さんに朗報!

 

お隣の京都水族館とのコラボで「京都水族館」×「梅小路蒸気機関車館」 記念共通入館券(大人のみ)を発売中。またJR西日本×京都水族館共同イベント『発車オーライ梅小路!』も開催中。鉄道車輌にそっくりの生き物の展示など、水族館と鉄道のコラボレーションが楽しめます。

 

そこまでハードなイベントはいらん!という方にはコチラ。

 

市電ひろば梅小路公園には昨年3月8日にオープンしたすざくゆめ広場市電ひろばがあります。

 

昭和53(1978)年9月30日に廃止された京都市電を偲ぶメモリアルスペースとして、また市民や観光客の憩いの場として開設されました。

 

広場にはかつて市内を走行していた4輌のチンチン電車を設置。

 

カフェ・グッズショップ・休憩所が設けられています。

 

チンチン電車N電27号またGSユアサの全面協力により、リチウムイオンバッテリーを動力源としてレストアされたN電27形が構内走行を実施。

 

土・日・祝日のみの運行(10;00~16;00/20分間隔)ですが、片道150円で300mのゆったりとした小さな旅を満喫出来ます。

 

蒸機の大きなドラフト音や警笛が苦手な方におススメです。

 

この夏最後の想い出に、ご家族揃ってパワー(がみなぎる)スポット・梅小路三昧の1日はいかがですか?

 

梅小路蒸気機関車館

・京都市下京区観喜寺町
【TEL】  075-314-2996
【営業時間】   10:00 ~17:30(入館は17:00迄)
【入館料】  大人410円/ 小人100円

 

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奥飛騨大自然紀行外伝(2)“奥美濃の小京都!郡上八幡”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

いよいよこのシリーズも、今回で大団円を迎える運びと相成りました

 

サブタイトルに「奥美濃の小京都」と謳っている時点で“奥飛騨シリーズ”は既に破綻を来しているのですが、そこはまたご愛嬌ということでご容赦下さいまし。

 

旅の最後に奥美濃の小京都と呼ばれる郡上八幡(ぐじょうはちまん)を訪れました。郡上八幡といえば、日本三大盆踊りの1つに数えられ、重要無形民俗文化財にも指定されている郡上おどりで有名です。ちなみにこの郡上おどり。毎年7月中旬から9月上旬に掛けて述べ32夜に渡って場所を転々としながら祭礼が催され、特にお盆の時期(8月13~16日)にはオールナイトで踊り明かすという、何ともファンキーなお祭りなのです(^^)

 

吉田川“人混み大嫌い人間”の小生はこの祭りの時期を敢えて外し、実に13年振りに訪れた郡上八幡。当時の“鄙びた”イメージを抱いていたのが大誤算でした。常軌を逸した交通渋滞、駐車場難民、凄まじい人混み、観光地化でガラリと変わった街並みと趣・・・「奥美濃の小京都」のイメージは台無しです。観光客が多く訪れるのは大変喜ばしいことなのですが、同じ小京都で名高い高山に集客と景観の調和の手法を学ぶべきだと痛感。官民一体となって早急に取り組んでもらいたいものです。

 

さて様々な課題は取り敢えず横に置いて、小生なりの郡上八幡の魅力をご紹介致したいと存じます。ごくごく一般的な観光地は他の方々にお任せして、小生はセオリー通り「裏街道」を進ませて頂きます(^^)

 

いがわ小径(島谷用水)入口昔も今も変わらないのが水の清らかさ。街を横切るように流れる吉田川を始め、街中を通る水路という水路はとても清浄に保たれています。

 

特に街のあちらこちらに張り巡らされた水路は、もともと江戸時代に当時の郡上藩が城下の防火対策として整備したもの。現在地元住民の皆さんが“親水”をテーマとして、水路の維持管理に心血を注いでおられます。

 

その中でも整備された水路のシンボル的存在として知られるのが、このいがわ小径(こみち)です。

 

このいがわ小径は、もとは民家に囲まれた用水沿いに続く総延長119m・幅1mの小さな生活道路で、近年になり昔ながらの景観はそのままに遊歩道として整備されました。

 

水路に戯れる魚たちこの道路の横を流れる島谷用水は市街地へと続いており、郡上八幡の南側地域の防火用水としての役割を担ってきました。

 

水路には周辺有志の方々で組織されている「いがわの会」により、自主的に管理されている淡水魚が放流されており、道往く人達の目を愉しませています。

 

鯉の放流は全国各地で見られる光景ですが、ここの特徴として更にイワナ・アマゴ・サツキマス・アユなどが放流されているのです。

 

水質に敏感な魚が生息しているということは、如何に水の清らかさが見た目だけではないことの証なのです。

 

その貴重な魚たちを何とかファインダーに収めようとしたのですが・・・余りの素早さに結局鯉しか写りませんでした、トホホ(T_T)

 

いがわ小径(島谷用水)遊歩道そしてもう1点の特徴は、生活用水として今も現役で機能しているということ。

 

地元の方々は洗い場組合を作り、現在でも洗濯物の濯ぎ、芋洗いや季節毎の菜っ葉洗いなど、生活の一部として利用しています。

 

滋賀でいうところの高島市にある針江生水(はりえしょうず)の郷の川端(かばた)のそれと似ています。

 

水路と遊歩道によるこの小さな空間は、地元住民の固い結束と先人達から受け継がれた知恵、そして何よりも昔から脈々と守り続けられた掟によって維持され、現在でも愛され親しまれています。

 

以前郡上八幡を訪れた際もそうであったのですが、吉田川の景観がとても清々しく、滞在時間の大半を川のせせらぎ傍観に費やしたように記憶しております。

 

ふと何を感じたのか、異なるポイントに視線を遣りますと・・・

 

河畔の巨岩な・ん・だ、この巨岩は!?!?!?

 


吉田川河畔の民家に囲まれるように2つの巨岩が鎮座しているではありませんか。地震か土石流といった天災で運ばれてきたことは想像に難くありませんが、それにしても郡上八幡付近の吉田川の地勢を加味してもデカ過ぎます。

 

不思議に遭遇したら近接するのは少年心の道理。一目散に巨岩に向け歩き出しました(^^)

 

白龍稲荷神社吉田川に掛かる宮ヶ瀬橋を渡り、観光客を掻き分けて進むこと約10分。巨岩の傍らに辿り着きました。

 

巨岩には白龍稲荷神社と書かれたのぼりが沢山はためいていました。どうやらこちらにはお稲荷さんをお祀りしているようです。

 

でも名称には“白龍”の文字。自宅で龍神さんとお稲荷さんをお祀りしている小生は、とても親近感を覚えて参拝することに。

 

観光客でごった返す道路沿いに、見世物的に見られそうな参道。ミーハーな参拝者と思われたくないからか、参拝者はまばらでした。

 

そんなことはお構いなし。急斜面の参道を寄る年波の影響で何度もふらつきながら登頂。御縁に感謝して、小さな祠に手を合せました。この巨岩そしてお稲荷さんの詳細な由来は不明ですが、ここは白蛇の修行場で、疫病平癒の為に創建されたとのことです。

 

郡上八幡城の眺望それにしましても流石は10m近い高さを誇る巨岩。ここからの眺望はなかなかの絶景です。

 

郡上八幡城を一望!・・・出来るのですが・・・

 

徒然草の吉田兼好ではありませんが、「この電線なからましかばと覺えしか」というのが率直な気分です。残念!((+_+))

 

最後にここで買ったお土産のお話を少し。

 

郡上八幡の土産物といっても余りピンとこないのですが、最近特に注目を浴びているのが食品サンプル

 

偽プリン(笑)昔は小さな店舗で販売されていたのみでしたが、現在は販売スペースも拡充、体験ワークショップのコーナーも設置され、今後の郡上八幡の新たな顔になることを確信しました。

 

ということで1つ買い求めることに。

 

偽プリンです(笑)。

 

キーホルダーとはいえ、ホント良く出来ていますねぇ(^^)

 

約2ヶ月半に渡りましてお届け致しました“奥飛騨大自然紀行”シリーズ。晩春のお話のはずが、もう季節は真夏に突入せんと言わんばかり。刻の経つのは早いものでございます。

 

本来のペース以上で執筆したためか、文体にも疲弊の感が出て参りました。少し充電期間を置きました上で、皆様の御前に御目文字が叶えば幸いに存じます。長きに渡りご高覧頂まして誠に有難うございました。

 

(おしまい)

 

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奥飛騨大自然紀行外伝(1)“血圧MAX!恐るべし富山ブラック”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

今回より2回に渡り、奥飛騨の旅でのこぼれ話をお届け致したいと存じます  

 

いざ富山へ!滋賀から約220km。

 

残された時間もあと僅かとなっていました。

 

しかし位置的に富山に肉薄しており、このまま折り返しての帰還は勿体なくもありました。

 

ガッタンゴーの利用を終えた際、スタッフの方に「何かこう記憶に残るような名物は無いでしょうかねぇ」などと相談したら・・・

 

「ここまで来たら、富山ブラックに背を向けるワケにはいかんでしょ!」

 

・・・などと焚き付けられて、一路神通川に沿って国道41号を北上することと相成りました(^^)

 

如何せん土地勘の全くない富山ですから、マイカーのナビゲーションシステムを活用することは勿論のこと、小生のタブレットと妻のスマートフォンを駆使して、紹介された店舗の情報を展開。しかし山間部は電波の受信感度が低く、収集は困難を極めます。

 

山間の国道を走ること約50km、所要時間約1時間。ようやく到着しました!

 

西町大喜 二口店お目当てのお店はコチラ。

 

富山ブラック老舗中の老舗、西町大喜です。

 

西町大喜は富山市内に4店舗を構えているのですが、今回は帰還ルートも考慮して、北陸自動車道に最も近い二口店にお邪魔しました。

 

富山ブラックは第2次世界大戦後、大空襲により焼け野原となっていた富山の街の復興事業に従事していた肉体労働者に、昼食時の塩分補給として醤油を濃くしたスープのラーメンを屋台で提供していたのが起源だそうです。

 

以前、ジェイアール京都伊勢丹の京都拉麺小路で提供されている富山ブラックを食したことがあり、「えらく変わった味だな」といった印象がありました。さてさて、本場の味は如何なるものでありましようか・・・

 

最初は単品で注文するつもりでしたが、お店の方がライスを一緒に注文した方が良いと勧めていただいたので仰せの通りに。その際、「ラーメンはおかずと思って召し上がってください」と。

 

主食ではなく、お・か・ず???

 

富山ブラック(ごはんセット)そしてヤツは表れました。これが本場の富山ブラックです。

 

濃い醤油スープとブラックペッパーの香りに一瞬むせそうになります。

 

おまけにこのネギのダイナミックなこと・・・

 

では早速実食・・・魚介の旨味は十分伝わってくるものの、兎に角辛い((+_+))

 

濃い醤油ペースのスープが麺や具に浸み込んでいるため、何もかもが塩辛い。今迄数えきれぬ程ラーメンを食してはおりますが、スープを飲めないという体験は初めて。「ラーメンは“おかず”」の意味がようやく理解出来ました(>_<)

 

麺を探す我が娘小生は高血圧症のためちょっとリピートはキツいのですが、我が娘はご覧の通り麺を最後の一本まで捜索する程の食べっぷり!

 

“若い”って素晴らしいです((+_+))

 

巷のラーメンやインスタント麺に物足りなさを感じておられる諸氏!是非、本場・富山にてチャレンジあれ!(^_^)v

 

富山はこの他にも、白エビ、ホタルイカ、鱒寿司などなど「食の宝石箱」。親切な方も多いので、今度は富山を旅の中心に据えてみたいと思う今日此頃です。

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

西町大喜 二口店

・富山県富山市根塚町3丁目9-10
【TEL】 076-420-2644
【Web】 http://www.nisicho-taiki.com/ (西町大喜)
【営業時間】 11:00~21:00
【定休日】 年中無休

 

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奥飛騨大自然紀行(8)“奥飛騨慕情!民芸ミュージアム 匠の館”後篇

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第8回目は引き続き民芸ミュージアム 匠の館をご紹介致します。  

 

匠の館もう1つの魅力、それは自然との共生。

 

乗鞍山系の湧水山間の集落ではありますが、既にインフラは十分に整備されています。しかしそんな現代に至っても、乗鞍山系からの清らかな湧水は、今日も滔々と流れているのです。

 

 

私たち家族は大女将さんに促され、本館を出て森の水族館へと出向くことと致しました。

 

が~が~あひる途中、あひるさん達のお出迎えに遭遇。

 

どうやら森の水族館へ案内してくれるようです。

 

ただ、寄り道が多いのでなかなか思うように先へと進みません(^^)

 

あひるさんの“牛歩”ならぬ“鳥歩”に付き合うこと数十分・・・

 

手押しポンプ今度は懐かしい手押しポンプに遭遇。

 

昔はあちこちに存在した手押しポンプ。

 

農家だった母方の実家の畑で、農作物に散布するための水をブリキのバケツによく汲んだものです。

 

最近になってちょっとした復活ブームが訪れているようですが、今のモノとは何処となく質感が異なります。懐かしさと物珍しさにまたまた道草。なかなか目的地には着きませぬ(>_<)

 

 

森の水族館さぁて、ようやく見えて参りました!

 

森の水族館です。

 

そんなに大きな敷地ではありませんが、こちらには実に多くの淡水魚が湧水の恵みのもと飼育されています。

 

日本最大の淡水魚・イトウを始め、アマゴ、イワナ、ニジマス、サツキマス、アブラハヤ、クチボソ、モロコ、タナゴ、オヤニラミ、イトヨ、トミヨ、カジカ、アカザ、ギバチ、コイ、フナ、メダカ、そしてあの高級食材キャビアの親魚・チョウザメまで、合せて3,000匹以上が生息しています。

 

イトウそしてこれが森の水族館屈指の目玉、イトウです。“生”で見るのは初めて。

 

 

兎に角デカい、ひたすらデカい・・・日本の淡水固有種にこんなにも大きな魚がいるとは、ただただ驚きです。

 

この他にも最近水族館などで人気のガラ・ルファ(通称ドクターフィッシュ)も飼育されています。余りにも気持ちがいいので指がふやけるまで角質取りに没頭・・・気付けば肝心の写真を1枚も撮っていませんでした。

 

何たる不覚!((+_+))

 

軍鶏予想を遥かに超えて堪能出来た“匠の館”。

 

「匠の技」「自然との調和」「生物たちとの共生」・・・三位一体、“奥飛騨での暮らし”を享受出来たとても貴重な体験となりました。

 

ひとまず奥飛騨大自然紀行はこれにて完結。次回は旅のおまけ話、奥飛騨大自然紀行外伝をお届け致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

民芸ミュージアム 匠の館

・岐阜県高山市丹生川町根方532
【TEL】 0577-79-2505
【Web】 http://www.norikura.com/

 

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奥飛騨大自然紀行(7)“奥飛騨慕情!民芸ミュージアム 匠の館”前篇

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第7回目は民芸ミュージアム 匠の館をご紹介致します。  

 

実はこの旅の初日に高山市内のドライブステーション、“ら~めん板蔵”に立ち寄った際のこと。

 

匠の館案内板とある小さなパンフレットに目が止まりました。でもその時は「ふ~ん、そんなとこあるんだ」程度の関心度。つまり大して興味を示さなかったワケです。

 

山間の国道158号を走行していた時のこと。妻がいきなり「あっ、匠の館!」と叫ぶものですから、思わず急制動!(事故にならなかったことが勿怪の幸いでございます)

 

小さな案内板に従い、国道を外れ隘路に進入。何とか対向車とすれ違うことが出来る程度の山あいの細道。「こんなところに博物館なんかあるのかねぇ???」と一抹の不安がよぎります。

 

しばらくすると少し視界が開けました。どうもここらしいです。

 

忠犬ハチ(公)恐る恐る(?)駐車場らしき場所にマイカーを滑り込ませて周囲を警戒。

 

するとこちらの看板犬、忠犬ハチ(公?)に遭遇。

 

ひたすら一点を見据え、孤高感を醸し出す御年10歳の壮年わんこ。

 

小生を遥かに凌駕するその貫禄っぷりに感銘を覚えていた矢先、こちらの若奥様と遭遇。同施設の本丸へと誘っていただきました(^^)

 

匠の館本館(田上太郎四郎邸)こちらが匠の館本館である、田上太郎四郎邸

 

高山市指定文化財にも指定されているこの建物は、明治15(1882)年に家主が建築費用の糸目を付けないという条件で、高山の日下部邸(国指定重要文化財)を完成させた飛騨の匠の技を受け継ぐ名工・川尻治助に依頼して建築されたものです。

 

 

農家として機能させることを前提に設計されているため絢爛豪華というイメージではありませんが、四季を通じて快適に過ごす工夫と、地主としての権威を示すための威風堂々とした造りに圧倒されます。日本の旧家に散りばめられた知恵と工夫と技とは、かくも素晴らしいものかと改めて感心させられます。

 

他にも色々見所はあるのですが、どうも「本題」から目を背けがちな小生の悪いクセが異なる視点へと誘うのです((+_+))

 

木曽馬コウキいくら国内各所に日本の旧家があるといっても、玄関に現役の“お馬さん”が居る光景は、そうそうないでしょう。

 

しかもあの希少種の木曽馬ですよ(@_@;)!

 

名前はコウキ君。まだ2歳の育ち盛りのぼうや。でもとても大人しいんですよ。機嫌が良ければたてがみを撫でさせてくれます。

 

木曽馬は長野県木曽地域を中心として飼育されてきた本州唯一の日本在来種の馬で、平安時代から江戸時代に掛けて武士の騎馬、農耕馬、荷馬として重用されました。しかし近代に入り軍用馬としては不適格とされたため需要は激減。現在は150頭余りしか生息していない、大変貴重な存在なのです。コウキ君の先輩は「木曽のナ~ 中乗りさん~」などと木曽節を唄う馬子に引かれて、はたまた勇猛果敢な木曽義仲の軍勢の騎馬としてさぞかし活躍したことでしょう。

 

さてまたまた視点を変えまして、こちらは匠の館最大の魅力の1つ。

 

昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマ(1)昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマです。

 

こちらのご主人が様々な地元の写真資料を参考に、コツコツと製作された超力作!縮尺1/150、Nゲージ(線路幅9mm)の鉄道模型ジオラマ(業界では“レイアウト”と呼びます)です。

 

サイズは縦1,700mm×横3,000mmと博物館設置の類では決して大きくはありませんが、世の博物館や娯楽施設のレイアウトは余りにも鑑賞者に媚びすぎて脱線した演出や作り込みが多いので、こちらはコンセプトがしっかりとしていてとても好感が持てます。

 

昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマ(2)また拘りは情景だけに止まりません。

 

写真ではお見せ出来ないのが残念ですが、かつて高山機関区でたむろしていた蒸気機関車たち。国鉄時代の特急「ひだ」(キハ82系)と現在の特急「ひだ」(キハ85系)。異色の名鉄~国鉄(JR)直通特急であった「北アルプス」の新(キハ8000系)旧(キハ8500系)車輌。神岡鉄道のディーゼル機関車(KMDD13形)などなど、高山本線を中心に活躍していた車輌だけを配置。

 

おまけに情景の中に置かれているバスが全て“名鉄バス”ですから、この拘りっぷりには脱帽です<(_ _)>

 

ちなみに若奥様はこの手の世界のことには全くご興味が無いようですが(苦笑)・・・それでも「流石幼い頃から山に囲まれて育っているので、山の表現、特に樹木のコントラストの再現はとても実感的」と仰っていました。とても鋭い“女性目線”ならではのコメントです(^^)

 

あとご主人はこのレイアウト製作に要した費用は約50万円と釈明・・・いやいや、説明されているのだとか。ただその額面に多くの来訪者から「???」の声が寄せられるそうです。まぁ配置されている車輌だけでも裕に50万円は下らないので、流石にそれは苦しい説明ですよね~ご主人殿(^^)

 

次回は匠の館の“もう1つの魅力”をご紹介致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

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奥飛騨大自然紀行(6)“銀輪爆走!Gattan Go!!”後篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

第6回目は引き続きGattan Go(ガッタンゴー)をご紹介致します。  


真っ暗の神岡第二隧道さて神岡第二隧道に突入。すぐさまレールマウンテンバイク搭載の前照灯を点灯させますが・・・

 

漆黒の闇・・・です(>_<)

 

すかさず手持ちの補助灯(LED)を点灯させますが、それでもこのような感じ。

 

でも季節外れの大雨で外気がやや蒸し暑くなっていたので、ひんやりとしたトンネル内部はひと時のオアシスになりました。

 

直線でしかも延長300m程度のトンネルであるため、あっという間に通過。

 

旧飛騨神岡駅隧道を抜けるとそこは旧飛騨神岡駅


国鉄時代は飛騨船津駅と称し、旧神岡町中心街並びに町役場の最寄駅でした。

 

1.8km地点のここは高架駅のためとても見晴らしがよく、線路からは旧神岡町の街並みが一望出来ます。

 

さぁて第2の関門、神岡第一隧道が目前に迫っています。今度はトンネルの向こう側が全く見えません。

 

神岡第二隧道が“漆黒の闇”なら、神岡第一隧道はまさしく暗黒の闇。流石に前照灯も補助灯も何を照らしているのやら・・・自慢の一眼レフも光源を捉えられず撮影不能に((+_+))

 

神岡第一隧道全く視界が開けず一抹の不安がよぎる中、長い右カーブをひたすら疾走。

 

するとようやく光が・・・

 

おおっ、このシチュエーションはまさしく川端康成の世界。

 

トンネルを抜けるとそこは・・・“雪國”・・・ではありません(^^)

 

トンネルを抜けると・・・延長約600mのトンネルをミッションコンプリートすると緩やかなカーブが見えて参ります。

 

このカーブに差し掛かると、終点まであと少し。

 

煙雨なのか好天の兆しなのか・・・一か八かの想いでラストスパートを掛けます。

 

ようやく終点が見えてきました。ガッタンゴー往路約3.0kmの完走です。

 

旧神岡鉱山前駅このアトラクションの折り返し地点である旧神岡鉱山前駅

 

ここも国鉄時代は神岡口駅と称していました。

 

この神岡線内で最も広大な施設を有する駅で、国鉄そして神岡鉄道時代を通じてこの路線が必要とされた理由を象徴する場所でもあります。

 

もともと神岡線は、この写真中央に見える神岡鉱山から亜鉛鉱石を搬出するために計画された路線だったのです。第3セクター化後も濃硫酸の輸送が行われていましたが、トラックへの転換に伴い貨物営業を平成16(2004)年12月31日をもって休止。貨物輸送が収益の約7割を占めていた神岡鉄道は、このことにより廃止の道を選ばざるを得ませんでした。

 

ちなみに社会の授業で「日本の四大公害病」というのを習ったのを覚えておられますか?「水俣病・第二水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそく」でしたよね。実はそのうちのイタイイタイ病の原因となったのが、この神岡鉱山から神通川流域に流出したカドミウムなのです。

 

旧神岡鉱山前駅ホームと車庫山間の駅に不釣り合いなこの広大な施設は、かつて貨物輸送が全盛だった時代の名残です。

 

さて駅に到着後、しばしホームの待合室で休憩。

 

ホームの端にある大きな白い建物はかつての車庫。

 

ここに今でも神岡鉄道時代に活躍したKM-100形ディーゼルカーとKMDD13形ディーゼル機関車が保管されています。かつて廃線後に観光鉄道化を目指す動きがあり、それに備えての保存だったのですが、推進派の当時の飛騨市長が市長選に落選してしまい、計画は白紙となりました。時折公開されているようですが、願わくはこの3km区間でだけでも再びエギゾーストノートを響かせて欲しいものです。

 

復路出発待機中のレールマウンテンバイク幸か不幸か休憩室に入った途端、再びどしゃ降りの猛攻。ここで約30分、足止めを喰らう羽目になりました(>_<)

 

でも走行中に降られなかったのはせめてもの救い。

 

さぁここから復路のレポートを・・・と言いたいところですが、帰りは地獄でございました(T_T)

 

往路で調子に乗ったせいか、私たちのカラータイマーは既に赤点灯状態。おまけに帰りは上り勾配。何とか無事戻るために必死でペダルを漕いだ記憶しか残っていません。挙句の果てに妻が過呼吸で途中ダウン!残り約600mを小生が片肺運転するという悲劇を招きました((+_+))

 

皆さん、ペース配分は大切です!

 

猪谷駅ところ変わってここはJR高山本線にある猪谷駅

 

この駅は現在、JR西日本とJR東海の境界駅となっています。

 

1日の利用者は僅か50人程度。駅前にコンビニすらない山あいの小さな駅ですが、境界駅ということもあって全ての特急が停車。乗務員(運転士・車掌)も交替します。

 

ここはもう富山県に位置するのですが、かつてこの猪谷は神岡線の起点駅でした。

 

旧神岡鉄道専用ホームホームにはフェンスが設置され、レールが撤去された痕跡が写真でもご確認頂けますが、以前はここに神岡線が乗り入れる3番ホームが存在しました。

 

この猪谷の街も、神岡線の衰退とともに廃れました。

 

神岡から鉱石を満載にして牽引されてきた貨車がここで一旦留置され、本線用機関車に付け替えて各地へと旅立っていった光景が容易に想像できます。

 

無人駅となった猪谷はまるで時間が止まったかのようです。

 

それでは最後にこんなエピソードを。

 

ガッタンゴーを無事完走し、旧飛騨温泉口駅の休憩室でまったりとしていた時。スタッフの方とこんな話をしました。

 

ありし日の神岡鉄道【鐵道朋友会 提供】「神岡鉄道の廃止が決定した時、さぞかし地元では反対の声が高まったのではないですか?」

 

如何にも鐵道ファン(目線)の、鐵道ファンによる、鐵道ファンのための典型的な質問。

 

これに対しての回答は意外なモノでした。

 

「いいえ、神岡鉄道の廃止は地元住民からすんなりと受け入れられました。冬の過酷な環境、沿線の急速な過疎化、貨物輸送休止に伴う業績悪化・・・あの時全てに於いてもう“限界”だったんです。例え観光鉄道として事業継続しても、地元の人間には先が見えていました。私たちにとって神岡鉄道の存在は、もう“お荷物”だったんです。」

 

それを聞いて軽くショック・・・惜しまれて消えゆく鉄路が多い中、こんなにも不憫なことがあろうかと。

 

でもよくよく考えてみると、鉄道事業も経済活動の一環。収益が上げられなければ事業継続出来ないのは至極当然のこと。であるならば、地元の方々は冷静に現実を受け止めて、賢明な判断を下されたのでしょう。

 

単なるアトラクションのつもりでしたが、ここでも様々な「旅の醍醐味」が堪能出来ました。ガッタンゴーは4~11月が営業期間(詳しくはオフィシャルサイトを参照)。完全予約制ですので、旅の行程には十分ご注意ください。特にゴールデンウィークや連休、夏休みは混み合いますので、ご予約はお早めに!

 

そしてまた晴れ間が巡ってきました・・・(^_^)v

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

レールマウンテンバイク ガッタンゴー

・岐阜県飛騨市神岡町東雲(あずも)1327-2
【TEL】 090-7020-5852
【Web】 http://rail-mtb.com/
【定休日】水曜日(平日はスポット営業)

 

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奥飛騨大自然紀行(5)“銀輪爆走!Gattan Go!!”前篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

第5回目はGattan Go(ガッタンゴー)をご紹介致します。  


「大自然を観望!」色が濃い“奥飛騨の旅”。でもただ“観る”だけではつまらないので、体験型イベントを組み込むことに致しました(^_^)v

 

旧奥飛騨温泉口駅いや~それにしましても山の天候は本当にコロコロと変わります。

 

さっきまでピ~カンの快晴と思いきや、数十分後にはご覧の通りのどしゃ降り(>_<)

 

さて、一見この「道の駅」っぽいシャレた建物は旧奥飛騨温泉口駅です

 

昭和41(1966)年に国鉄神岡線の終点・神岡駅として開業。昭和59(1984)年に第3セクター鉄道に転換(神岡鉄道)後は、奥飛騨温泉口に改称されました。この駅舎は平成14(2002)年に新設されたものですが、平成18(2006)年に神岡鉄道が廃止されたため、僅か4年で鉄道駅舎としての機能を失いました。

 

レールマウンテンバイク今回ここで何を体験するかと申しますと、軌道自転車(レールマウンテンバイク)でかつての線路を爆走しよう!という試みであります(^^)

 

軌道自転車と申しましてもエンジン搭載型の保線車輌ではなく、写真のようにレール上を自走するための専用フレームにマウンテンバイクを2台固定したモノ。

 

これを見ると、古今東西種別を問わず乗り物好きの小生はワクワク度が急上昇して参ります(^^)

 

神岡鉄道時代の想い出かつては神岡鉄道の本社も兼ねていた駅舎は、現在レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの管理事務所を始め、往時の神岡線を偲ぶギャラリーにもなっています。

 

美しくも厳しい自然環境の中で沿線住民のライフラインを支えていたかつての神岡鉄道。1枚1枚の写真から様々なドラマが生まれていたことを想起させます。

 

受付を済ませ予約時間になるまで駅構内をウロウロ。そんな時間潰しの間も更に雨脚は強まり、スタッフの方からは「安全面から中止する場合もあります」と告げられます。

 

レールオートバイピットに目を向けると何やら面白いマシンを発見!

 

こちらはレールマウンテンバイクならぬレールオートバイ

 

スズキ・バーディ50を2台専用フレームで繋げたもので、スタッフ専用マシンとのこと。

 

体力に自信のないお客様やファミリー向けに用意された木製トロッコの牽引機として、また連絡用、路線点検用に使用されているそうです。でもコレ、鉄道専門用語に引っ掛けて言うならば、協調運転がとても難しそうですね(>_<)


止まぬ雨を恨めし気に天を仰ぐこと約30分。ここにまた小生に“旅の神様”が降臨します。そうなんです、どしゃ降りがウソのようにピタッと止んだのです(^_^)v

 

ミーティングルームスタッフの方から運行再開決行!が告げられ、早速ミーティングルームに呼集されます。

 

ここはかつての神岡鉄道本社事務所。ここでレールマウンテンバイクの利用上のルールと注意点、安全衛生のレクチャーを受けます。

 

安全装備を受領したら、いよいよ出発!

 

ここはかつての改札口。つい8年前までは、ここにレールバスがエギゾーストノートを山間に響かせながら進入していました。

 

旧改札口手前に見えるのはベンチではありません。レールオートバイの説明で出ました木製トロッコです。


この先に見える木製カタパルトのようなところにレールマウンテンバイクをセットし、線路へ射出されるようにして発車します。

 

その線路に滑り落ちる際の感覚といったら、もう何とも言えませぬ(^^)

 

さぁ、ここから3km先にある旧神岡鉱山駅を目指します。

 

いざスタート!いよいよ線路上を走行開始。

 

乗っているのは自転車なのですが、気分はもう鐵道運転士!

 

思わず大声で「出発進行!」なんて言っちゃったりしています(^^)

 

今回私達は観覧シート付電動アシストマシンに搭乗。

 

銀輪爆走!小生と妻が動力源となり、娘が観覧シートに乗るという「お姫様馬車」状態。

 

我がファミリーのパワーバランスを象徴するかのような乗務構成です((+_+))

 

行きは緩やかな下りとなっているため、電動アシストの助けを借りずとも、みるみるうちに増速!

 

カーブ手前で減速しないと脱線しそうになる程に加速します。

 

旧神岡大橋駅そしてあっという間に800m地点を通過。

 

こちらは旧神岡大橋駅

 

近隣住民の要望で、第3セクター化されてから新設された唯一の駅で、右に見える赤いキノコの形をした公衆トイレがこの駅のシンボル的構造物です。

 

・・・という解説もそこそこに、神岡大橋駅を高速で通過していきます。

 

神岡第二隧道そして1.3km地点。

 

最初の未知との遭遇(?)、神岡第二隧道の入口が目前に。

 

さぁトンネルに突入するぞ~~~(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

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奥飛騨大自然紀行(4)“小散歩日和!中尾温泉/中尾高原”篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

第4回目は中尾温泉/中尾高原をご紹介致します。  

 

中尾高原の野の花奥飛騨温泉郷は、平湯温泉・福地温泉・新平湯温泉・栃尾温泉・新穂高温泉の5つの温泉地で構成されています。

 

その中でも新穂高温泉は最も北辺に位置し、且つ広範囲で高地にある温泉地です。

 

 

それにより最も春の訪れが遅く、秋の訪れが早い。夏が短く、冬の長いエリアでもあります。

 

この新穂高温泉は広範囲であることから、更に新穂高温泉・蒲田温泉・中尾温泉の3つのエリアに分かれます。この中でも中尾温泉は最も高地に位置します。

 

鎌倉街道石仏今回宿泊しましたうちのペンションはその中尾温泉にあり、前述の季節の移ろいは最も顕著であると言えます。

 

ここ中尾は、古くは鎌倉街道の飛騨と信濃(長野)とを結ぶ交通の要衝・中尾峠への起点として機能していました。

 

また江戸時代に整備された飛騨と越中(富山)とを結ぶ飛騨新道の一拠点ともなり、ここに中尾口留番所が設置(設置されたのは蒲田地区)され、口役銀(くちやくぎん/現在の関税に相当)の徴収と国境の警備が行われていました。

 

現在は上高地・西穂高への登山口として多くの登山客で賑わい、旅館に加えペンションも多いため、高原のリゾートの雰囲気を呈しています。


中尾温泉3号泉温泉地である中尾には3つの源泉をエリア内に有し、一般的な動力ポンピングではなく、高温・高圧の地熱を利用して大量の蒸気と硫黄性のガスが湯とともに噴出する掘削自噴泉であることが特徴。

 

源泉から上り立つ大量の蒸気と豊富な湧出湯量を目の当たりにしますと、温泉とはいえ「ガス炊きの冷泉しか存在しない滋賀」の民にとっては驚きと感動の連続です(>_<)

 

こちらは集落の東外れにある中尾白山神社。その名が示す通り、白山信仰崇敬の拠り所です。

 

中尾白山神社この白山神社は中尾の村を守護する氏神様を始め、境内には竈の神・水の神・風の神・山の神・お稲荷様・秋葉様・お鍬様・子宝岩と9つの神様が鎮座しておられます。

 

境内はとても清浄に保たれており、現代に於いても住民の強い崇敬の念をひしひしと感じます。

 

町外れにあるため訪れる人も少ないのですが、最近は隠れたパワースポットとして認知度が高まっているようです。

 


中尾を訪れる人がどうしてもファインダーに収めたい光景がコレ!“足洗いの湯”から遠望する快晴の錫杖岳・笹ヶ岳の大パノラマです(^_^)v

 

錫杖岳・笹ヶ岳遠景(足洗いの湯)この角度での写真は中尾温泉/中尾高原の宣材にも多用されています。すなわち、テッパン中のテッパンのビュースポットなのです。

 

2年前に訪問した際は全く天候に恵まれず、とても悔しい思いをしました。しかし今回は早朝にバッチリ快晴の北アルプス山系を確保致しました(^^)

 

 

これを撮影した10分後にはもうガスが空を覆い始め、さっきの快晴がウソのよう・・・ホント、山の天候は猫の瞳の如くコロコロと変わります(>_<)

 

先程の角度から180度回頭しますと、今度はコチラ!

 

焼岳遠景(足洗いの湯)現在でも活火山として時折水蒸気を上げ、奥飛騨温泉郷の源泉のミナモトでもある焼岳のパノラマ。左隣の少し低い山が中尾峠で標高2,099m。昔の旅人はこんなに高く、しかも火山の直ぐ横を行き来していたなんて驚きです(>_<)

 

 

“足洗いの湯”は移動せずして周囲の美しい山容が堪能できる、中尾高原随一のビュースポットです。

 


ちなみに訪問時に頻発していた地震。地元ではこの焼岳が起因する火山性のモノでは?との憶測が飛び交っていましたが、気象庁がこれを全面否定したため、大きな混乱にはなりませんでした。

 

つい9年前にも水蒸気爆発が発生し、泥流の噴出によって犠牲者を出していますから無理からぬことです。

 

さて中尾温泉/中尾高原の散策、如何でしたでしょうか?最後はマチナカで見つけた珍品をご紹介して締め括りたいと思います。

 

それが、コチラ!ボトル自販機(内野酒店)

 

「えっ?そんじょそこらにあるコ〇コーラの自販機でしょ」

 

いえいえ、写真を拡大モードで目を皿のようにしてよ~く観察してください(@_@;)

 

昭和40年代以前にお生まれの方ならもうお気付きですよね(^^)

 

そう、これは瓶飲料自動販売機。しかも現役稼動中!

 

今や缶・ペットボトルが主流の時代、ジュースがガラス瓶に入っているのを見掛けるのはホテル・旅館・居酒屋といった業務用の場だけとなりました。

 

でもガラス瓶が主流だった時代にも自販機は存在したのです。現行紙幣(千円札)にも対応可能なシステムを搭載した最後発モデルですが、それでもかつての雰囲気を十二分に醸し出しています。

 

中尾で唯一(?)のアミューズメントショップ、内野酒店の店頭にございますので、懐かしさを感じた方、得体の知れぬオブジェクトと気になった方(笑)は、是非独特の購入システムをお愉しみください(^_^)v

 

次回は銀輪爆走の世界(?)へと皆様をご案内致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

奥飛騨温泉郷 中尾温泉 中尾観光組合

岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾
【TEL】 0578-89-2458
【Web】 http://nakao-spa.com/

 

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奥飛騨大自然紀行(3)“誰の?うちのペンション”篇

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お宿到着!第3回目は今回の旅のお宿をご紹介致します。

 

鍋平公園を後にして、さらにマイカーで進むこと約5分。目的のお宿に到着しました・・・と思いきや1台のクルマが宿を後に。

 

「チェックアウトってこんな遅い時間に変更になったっけ???」

 

お話を若女将さんに伺ったところ、群発地震に不安を感じて今まさに直前でキャンセルされて帰られたお客さんでした。

 

うちのペンション私達も宿泊の可否を尋ねられましたが、「建屋が倒れても泊まりますよ!」と豪語し、大爆笑の渦を巻き起こしつつチェックイン致しました(^^)

 

そんな楽しい雰囲気と人々が集うこちらのお宿が、今回一宿一飯の恩義(?)に預かりますちのペンションです。

 

今回の利用は2年振り2度目。思い起せば、以前妻がこちらの宿を見付けて初めて予約した時、小生と妻との間にこんな会話が・・・

 

客室小生:「何ていう名前のお宿?」

妻:「うちのペンション」

小生:「ウチって、誰の?」

妻:「誰?って、うちのペンション」

小生:「せやからウチって誰やねん?」

妻:「だ・か・らぁ、うちのペンション!」

 

こんなやり取りが延々と続いたのです。ちなみに関西弁で“うち”とは「私」という意味。妻が何故「私のペンション」と連呼しているのか理解不能だったのです。実はオーナーさんの名前が『内野さん』だったんですね。いえいえ、決して“漫才のネタ”じゃないですよ(^^)

 

こちらは全室このような感じの客室。ロフトが完備されているので、お子さんは大はしゃぎ間違いなしです。ペンションという性質上幅広い年齢層と目的の利用者がいらっしゃいますので、バリアフリーには対応していません。体力や体調に不安をお持ちの方は、事前に問い合わせるのが良いでしょう。

 

結局地震の影響によるキャンセルは1組だけで、いつものように館内は大変賑わっておりました。それ程こちらのお宿は利用者にとても愛されているのです。

 

超豪華な夕食(^_^)vさて、旅のお宿の醍醐味の第一はお食事。

 

どうですこのボリューム!

 

もちろんメインディッシュは飛騨牛のしゃぶしゃぶ。お肉の量に圧巻です(写真には収まらなかったのですが、自家製飛騨牛のローストビーフも付いてきます!)。

 

さらに地元の食材をふんだんに使ったお料理も盛り沢山です。

 

焼岳夕景そして日照時間の比較的長い春から秋に掛けては、この時間帯に雄大な焼岳の夕景を堪能しながら夕食に舌鼓というシチュエーションが味わえます。

 

 

ちなみに先程ご紹介した夕食は、通常プラン+αの特別“てんこもり”メニューですので、詳しくはお宿のホームページをご覧ください(^_^)v

 

 

さてさて、旅のお宿の醍醐味の第二はお風呂。温泉地となれば、俄然期待は高まります(^^)

 

野天風呂ペンションではありますが流石は奥飛騨温泉郷。何と露天風呂を完備しています。

 

こちらの温泉は深さ400~450mの自噴泉で、泉質は無色透明・微硫黄泉の単純温泉。

 

源泉温度が80~90℃の高温泉であるため、源泉100%の掛け流しでは入浴不可能。よって山の湧き水を利用して温度調節されています。

 

ケロリン桶そして温泉や銭湯に欠かせないアイテムと言えば、もちろんこのケロリン桶。さすがはケロリンのお膝元・富山に近いだけに、心憎い演出です(^^)

 

なおこの黄色のケロリン桶は、一昔前では一般購入しようと思うとわざわざ富山まで赴かねばなりませんでしたが、最近になって製薬会社がWebショップで販売していることを知りました。小生もゲットせねば!(^^)!

 

こちらの露天風呂は、あえて表記を野天風呂とされています。

 

野天風呂からの錫杖岳眺望“露天”と“野天”に明確な概念の違いは無いのですが、その名に相応しく広くて低い空のもと、自然を満喫しながらゆったりと普段味わえない解放感に浸れます。

 

特に小生のお気に入りはこの野天風呂から眺める錫杖(しゃくじょう)岳の山容。写真中央のゴツゴツした岩場がそれ。あと滋賀では特別天然記念物に指定されているシャクナゲが、フツーに自生しているのも“いとをかし”です(^^)

 

貸切風呂ではありますが予約制にはなっていません。よって早い者勝ちでの利用となりますが、混み合ってなかなか入れないということはありませんのでご安心を。

 

美味しい夕食、開放感溢れる野天温泉、喧噪の無い静かな夜・・・そしてあっという間に次の日の朝を迎えてしまいます(>_<)

 

朝食朝食も前日の夕食に負けないほどのラインナップ。

 

特に温泉たまごは絶品です。

 

おまけにごはんの友が多いので箸が進むこと進むこと・・・我々パーティは何とごはんのお櫃を2回おかわりしてしまいました((+_+))

 

 

登山目的の利用者は素泊まりで早朝に旅立っていかれるのですが、基本チェックアウトは10時までなので、朝食後周囲を散策する余裕は十分にあります。バタバタしない、ちんたらゆっくり派の我が家族にはとても有難いです。玄関前には足湯もありますので、そちらで当日の予定を練るのもいいですよ。

 

コロちゃんでは最後となりましたが、うちのペンションのスペシャルスタッフをご紹介します。

 

マスコットキャラクター・黒猫のウィズ・・・もといコロちゃん(♀)です!

 

実はこのコロちゃん、人懐っこい割にはとてもシャイで臆病な性格。なのでお客さんの前にはなかなか姿を現さないのだとか。

 

大女将さんに聞いた話だと、今回の群発地震でずっと怯えていて、夜は私のクルマの下で一歩も動かなかったそうです。でもこの朝私達の前にこんなにリラックス(?)した姿を見せてくれたので、「いいことあるかもよ」と告げられました(^_^)v

 

アットホームな雰囲気溢れるうちのペンション。是非一度訪れてみてください。

 

次回は新穂高温泉(中尾温泉/中尾高原)界隈をご案内致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

うちのペンション

岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾283−1
【TEL】 0578-89-2694
【Web】 http://www.okuhida-dsl.com/ucchi-/

 

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