Category Archives: 徒然えぴそ~ど

とある機関車の終焉、そして追憶の彼方へ

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

三岐鉄道 保々車両区お隣の三重県にある地方私鉄、三岐(さんぎ)鉄道。その中核路線である三岐線に、保々(ほぼ)という駅があります。

 

同駅構内にはCTC(列車集中制御)センターを始め、車両区や施設区があり、三岐線の中枢的役割を担っています。

 

去る5月のことです。

 

この保々駅構内の片隅で、人知れずこの世に別れを告げた1輌の電気機関車がありました。その機関車の名はED500形502号機。またの名をいぶき500形502号機と称しました。

 

昭和27(1952)年6月。ライオン印の“ライオンセメント”で知られていた大阪窯業セメント(現在の住友大阪セメント)は、伊吹山に石灰石鉱山(伊吹鉱山)を操業。翌月、山麓にセメント加工プラント(伊吹工場)を新設しました。同時にバラセメントの大量輸送のため、国鉄(現JR)近江長岡駅に接続する全長3.7kmの貨物線(伊吹工場専用線)が整備されます。

 

伊吹工場専用線の車庫で休息する在りし日のいぶき501・502(1994年5月)昭和30(1955)年に東海道線・稲沢~米原間が電化。これに追随して翌年1月に同専用線も電化され、日立製作所製の自社発注電気機関車が2輌導入されました。

 

 

運転整備重量が50tであることと、導入路線に因み、いぶき500形(501・502号機)と命名されます。

 

上の写真は、まだ小生が社会人成り立ての頃、運転休止日に伊吹工場構内での撮影を特別に許可戴いた時のものです。製造から40年近く経過しているとは思えぬほどの“艶っぷり”。大変大事に扱われていたことが窺えました。

 

運用は平日のみの6往復で、長いセメント貨物列車を従えて地道に活躍。長年日本のインフラ整備の根幹の一端を担いました。しかしモータリゼーションと国内鉱山の需要低下の波には勝てず、平成11(1999)年6月28日をもって運行を終了。開業から47年の歴史に幕を下ろし、2輌の機関車もお役御免となりました。

 

セメント輸送はトラックに切り換えられ、専用線の鉄道設備は程なくして全て撤去されました。

 

住友大阪セメント伊吹工場専用線跡(2009年9月)現在同線跡は伊吹せんろみちと称するサイクリングロード&遊歩道として整備され、かつての線路跡を辿ることが出来ます。またトンネルや橋梁も一部が残されており、現役当時の面影を偲ばせます。

 

右写真の舗装道路がかつての路線跡です。ホームや待合室様の建築物は、公園設備として後から設置されたものです(レールと枕木は本来の場所から移設されていますがホンモノです)。

 

さて、廃線後も車庫に保管されていた機関車たち。平成11(1999)年8月に廃車となり、このまま専用線と運命を共にするかと思われました。しかし幸運にも遠く静岡は大井川鐵道に譲渡されることが決定。同年10月にトラックにて移送。殆ど原形を留めた状態で、翌年2月22日にED500形として竣工。3月18日より同社名物・SL列車の補機として第2の人生をスタートさせました。

 

大井川鐵道で活躍するいぶき501(2008年8月)しかし運命とは数奇なもの。

 

平成17(2005)年2月開港を目指す中部国際空港建設用埋立土砂輸送のために機関車不足となる三岐鉄道からの要請を受諾。501号機は貸与、502号機は売却という形で再び移送されることに。同社での運用に合わせた改造を受け、平成12(2000)年5月18日より運用を開始。大井川鐵道での活躍は僅か2ヶ月足らずでした。

 

いきなり訪れた第3の人生は勝手知ったる本来の姿。土砂輸送が完了するまでの約2年半、三岐鉄道の貨物輸送の一端を担いました。

 

しかしこれまで常に寄り添って活躍してきたこの2輌に今生の別れが訪れます。土砂輸送が終了した平成14(2002)年10月29日。余剰となった2輌はこの日をもって廃車。翌年3月18日に貸与扱いであった501号機は大井川鐵道へ返却。502号機は三岐線の終点・西藤原駅の構内で静態保存されることとなりました。かつて伊吹専用線で活躍し一足先に里帰りを果たしていたE101形蒸気機関車(102号機)と共に、この地で静かに余生を送るはずでした。

 

三岐鉄道で静態保存されていたいぶき502(2005年2月)しかし運命とは残酷なもの。

 

屋根下展示であったE101形と異なり、露天展示されていた502号機は老朽化が急速に進行。保存状態を維持することが困難となりました。平成26(2014)年8月には保々車両区へと回送。約9ヶ月の間雨晒しにされ、後に解体となりました。使用可能な部品は、501号機用のスペアとして大井川鐵道へ引き渡された模様です。

 

そして502号機がこの世を去った同時期。大井川鐵道は名古屋鉄道の傘下から離脱し、地域経済活性化支援機構の支援のもと、静岡銀行とエクリプス日高による事業再生を受け、厳しい経営改善への道を歩むこととなりました。既に老朽化した電機置換用として、西武鉄道からE31形3輌が譲渡されており、501号機も終生安泰とは言えない状況になっています。

 

今となってはどうしようもないことですが、502号機を何等かの形で滋賀に里帰りさせてやれれば良かったのにと、悔恨の念が募るばかりです。ただせめてこの502号機の尊い犠牲が、501号機のあと40年動態運用へ繋がってくれればと、祈らずにはいられないのです。

 

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“日本固有種”の復権

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先日娘の『自然観察』という名目で、琵琶湖近隣の田園地帯での生態系調査を実施しました。

 

大層なお題目ですが、何のことはありません。単なる『ホームセンターの魚網で何か捕まえられるかなぁ~お魚採り大会』です(^^)

 

謎の幼魚(1)小生が幼少の砌、琵琶湖周辺には日本の固有種である淡水魚で溢れていました。

 

しかし人間のエゴでもたらされた外来種の猛攻に遭い、生態系はズタズタに・・・

 

かつては竹竿と魚籠を引っ提げのんびりと、葦原を抜ける湖風に心穏やかな時間を過ごせたものでした。

 

しかしいまや“スポーツフィッシング”なるファッション感覚で生命の尊厳を冒涜するかの如き光景に変わってしまったのがとても残念であります。

 


謎の幼魚(2)人間のみならず動植物の世界まで“黒船”に脅かされることになろうとは・・・でも日本の固有種も捨てたものではありません。

 

一時はほぼ壊滅状態に陥った自然環境のバロメータ・メダカも独自の危機管理を体得し、まだまだ勢力は弱小ながらも息を吹き返しつつあります。

 

その他の琵琶湖の固有種も、漁業・農業関係者や地域の有志のご努力もあって、その勢力を徐々に取り戻す傾向もみられます。

 

あの懐かしい琵琶湖の情景を再び・・・そう想うのは小生のみではないと確信しております。

 

さて問題は大量に捕獲したこの2種の幼魚。体長は3~5cm。現在当家にて動態保存致しております。見るからに外来魚では無さそうなのですが・・・淡水魚にお詳しい方、是非ともご教授くださいませ<(_ _)>

 

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これぞ真打!正真正銘“戦国BASARA”

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今回は「これぞ真打!正真正銘“戦国BASARA”」についてのお話をいたしたいと存じます。

 

 

今から約3~4年前。世は空前の歴史&歴女ブーム・・・“歴史好き”の私にとってこんな時代がやってくるとは想像もつきませんでした。だって史跡・神社仏閣や発掘調査の説明会なんぞにやって来るのは、十中八九たいてい「ご年配の方々」なんですもん(>_<)

 

 

戦国BASARAこのブームの火付け役の一端を担ったアニメ・戦国BASARA(2009年)。放送は深夜枠でしたが、その人気は衰えることを知らず、翌年には続編“弐(ツー)”も登場。何と放送枠は日曜夕方に“超”大出世!そして果ては「劇場版」や「実写ドラマ」も展開されました(ドラマは大コケだったようですが・・・)。

 

 

作品自体、時代劇の「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「龍馬伝」を遥かにしのぐ“史実歪曲”“過度の脚色”っぷり。おまけに「北斗の拳」の“覇道シンドローム”と「ドラゴンボール」の“天下一武道会シンドローム”をふんだんに採り入れていますが、まぁ「歴史&歴女ブーム」を巻き起こしてくれた功績は、素直に評価せねばなりません。

 

 

(しかしまぁ、私が敬愛してやまない“明智光秀”があんな描かれ方をされるなんて・・・トホホ)

 

 

ただ、どなたも全ての戦国武将が「イケメン」だったなんてことをド真剣に信じておられないとは思いますが・・・まぁこれ以上の詮索は当ブログの趣旨ではございませんのでこの程度にしておきます。さてさてアニメのタイトルにもあります「BASARA(ばさら)」という言葉ですが、皆さんその意味をご存知でしょうか?

 

 

“ばさら”は「婆娑羅」とも表記しまして、本来は南北朝時代の文化的な流行や社会的風潮を指す流行語のことなのです。南北朝時代の風潮とはどのようなものだったかと申しますと、鎌倉幕府が崩壊した後、天皇や貴族といった朝廷に類する権威は地に堕ちて軽んじられるようになります。それに伴い華やかで粋な着物で着飾ったり絢爛豪華な立ち居振る舞いをしたりという美意識と、後の戦国時代に於ける「下剋上(下位者が上位者を打倒すること)」の前進的価値観が誕生したのです。

 

 

つまり、厳密に言いますと「戦国BASARA」の“ばさら”だけは、番組の内容的にはほぼ合致しているものの、時代的には250年ほどズレているワケでして・・・作品のイメージを当てはめるなら、漫画「花の慶次~雲のかなたに~」で一躍有名人となった“前田利益”に与えられた異名をとって、戦国KABUKI(かぶき)とした方が良かったような気もせんでもないです。

 

 

あぁまた脱線しかけました。このままだとアニメ批評で終わってしまいそうです。

 

 

佐々木道誉ここからが本題です。滋賀にはかつて“ばさら”にふさわしい人物がいたのです。その人の名は佐々木道誉(ささきどうよ)。正真正銘、婆娑羅大名(ばさらだいみょう)の異名を与えられた人物です。

 

 

えっ?この肖像画のどこが“ばさら”なの?・・・というご指摘、ごもっともです。これは出家後の姿です。ただ頭を丸めているからといって、“改心”したかどうかは定かではありませんが(^^)

 

 

あまり教科書では詳しく紹介されませんが、これでも立派な近江源氏・佐々木氏の当主であり、文武に秀で、特に鎌倉幕府の倒幕/後醍醐天皇の政権擁立(建武の新政)/室町幕府の樹立にあたり足利尊氏を影で支え活躍した、実はスゴい人なのです。

 

 

当時は佐々木高氏(ささきたかうじ)と名乗っておりましたので、尊氏とともに「源氏の威信を取り戻した2人のタカウジ」と、ワタクシ個人的に呼んでおります。

 

 

この道誉という人は実に逸話の多い人でして、皇族や公家相手に全く動じることなく人を喰ったような態度に出るとか、戦(いくさ)で屋敷が敵に取り囲まれているにもかかわらず呑気に花を生けたり宴会の用意をさせたりしたとか、対立相手からの花見の誘いを断ったうえに自分で勝手に大宴会を催すなど枚挙にいとまがございません。

 

 

そんな道誉ですので、尊氏が室町幕府樹立後“ばさら”行為を禁じても、一向に止める気配なんぞ微塵もなかったようです。しかし道誉は尊氏亡き後も幕府の要職にあり続けます。「裏切り行為」が“当たり前”の風潮の世にあって、源氏復権の要(かなめ)として尊氏の才を見出し、どのような状況にあっても尊氏を支え続けた道誉は、「変わり者」とはいえ尊氏にとってまた足利氏にとって最も信頼に足る人物だったのでしょう。

 

 

こんな話をしていますと、あのセリフが耳について離れません。

「幸村~っ!!」
「親方さま~っ!!」
「幸村~っ!!」
「親方さま~っ!!」

“2人のタカウジ”の関係も、アニメにしたらこんな感じになるのでしょうか(^^)

 

 

勝楽寺こちらは犬上郡甲良町正楽寺にある道誉の菩提寺である勝楽寺(しょうらくじ)です。

 

 

この寺の裏山に道誉は勝楽寺城を築き、生涯ここを拠点としました。

 

 

勝楽寺の山門は、かつての勝楽寺城の城門を移築したものだと伝えられています。

 

 

佐々木道誉公墓道誉はこの勝楽寺に41歳から亡くなる78歳まで隠棲し、尊氏やその嫡男で2代将軍・義詮(よしあきら)の配下としてのみならず、相談・指南役としても活躍しました。

 

 

是非「真の“BASARA”」の足跡を訪ねてみてください。

 

 

「真の“BASARA”」はあなたの側にいますか?・・・

 

 

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北陸との通商路“北国街道と脇往還”

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いや~この連日の降雪と寒さにはショージキまいります(>_<)

 

 

我が家の雪景色何故かと申しますと取材活動に出掛けられないからです。

 

 

 

毎回県内の様々な伝説やエピソードをご紹介しておりますが、ここ最近の大半が昨年後半に取材しましたストックの資料をベースにご紹介しているのが現状です。

 

 

毎日のように“長期気象予報”にらめっこしておりますが、どうもこの3月まではストックデータでしのがねばならない気配です。最悪記事の更新を一時休止することも覚悟せねば・・・と、冬のどんよりとした空を日々恨めしく見上げております。

 

 

まぁ愚痴をこぼしていても始まりませんので、ここは路線変更と参りましょう。

 

 

取材に出られないのなら、未取材箇所の情報収集と更なる郷土史関連資料の整理にあたる!いわゆる日頃の予習が肝要です(*^_^*)

 

 

さて、私は兼ねてより街道に興味を持っております。現役を引退しましたら、昔の人と同じように歩いて旅をしてみたいと。何も某P社のエ〇ルタ君のように「東京から京都まで走破するぞ!」などという壮大なプロジェクトではなく、県内の街道をゆっくりぼちぼち歩いてみたいのです。

 

 

これまでクルマの移動では見過ごしがちな先人の遺構を、歩くことによって発見することが何度もありました。やはり旅の基本&醍醐味は“二本の足で歩く”ところにあると思うのです。

 

 

ところで滋賀の街道と言えば東海道中山道がいの一番に浮かびます。さてさて皆さんは以下の街道のうちどれだけご存知でしょうか?

 

◆鳥居本(彦根市)と直江津(新潟県)を結ぶ“北国街道

◆関ヶ原(岐阜県)と木之本(長浜市)を結ぶ“北国脇往還

◆行畑(野洲市)と鳥居本(彦根市)を結ぶ“朝鮮人街道

◆札の辻(大津市)と敦賀(福井県)を結ぶ“西近江路

◆小幡(東近江市)と土山(甲賀市)を結ぶ“御代参街道

◆行畑(野洲市)と鳥居本(彦根市)を結ぶ“朝鮮人街道

◆武佐(野洲市)と桑名(三重県)を結ぶ“八風街道

◆出町柳(京都府)と小浜(福井県)を結ぶ“若狭街道

 

北国街道と脇往還その他にも地域の生活路としての街道も挙げればきりがありません。これら「マイナーな街道」は資料も少なく、また再開発や区画整理・道路の路線付替を行われた箇所が思いの外多いため、探訪は困難を極めるのです。

 

 

そんな私に助っ人として頼もしい資料がまた1つ、手元に届きました。長浜城歴史博物館編纂の『北国街道と脇往還(ほっこくかいどうとわきおうかん)』です。

 

 

これまで郷土史を学んできた中で北国街道と脇往還の名は頻繁に出てくるのですが、いま一つルートのイメージが掴めず今日に至ってしまっております。ちなみに脇往還と申しますのは、現代風に表現すればバイパスみたいなものです。

 

 

この資料では2つの街道の詳細なルート説明だけに止まらず、豊富な写真や図版を駆使して、歴史的背景や沿道文化にまで言及しています。

 

 

中河内宿しかもこの2つの街道と長浜の街を結んでいた長浜街道と、一昨年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の舞台ともなった浅井氏の小谷城と米原を結んでいた小谷道についても網羅しています。

 

 

先日の記事で触れました豪雪地帯・中河内(なかのかわち)に宿場があったことに驚き(冬はどのように行き来していたのでしょう?)ました。

 

 

加えて、そこから10km程南にあります柳ヶ瀬(やながせ)に本格的な関所が存在したことも初めて知りました。

 

 

 

何十年も滋賀の郷土史を勉強してきたつもりでしたが、いやいやなかなか奥が深いと申しましょうか・・・お恥ずかしい限りです(━_━)ゝ

 

 

柳ヶ瀬関所いやはやこれは私にとって予想以上の第1級資料でした。

 

 

 

9年前に長浜城歴史博物館の特別展の図録として刊行され既に絶版となっていたのですが、幸運にも新品で入手することが出来ました(またまた高額出費は痛いですが・・・)。

 

 

雪が解け切る4月以降に、湖北エリアを重点的に取材していこうと考えております。それまでにはコイツを完全にマスターしておかないと・・・。当面はお天気模様ではなく、この北国街道と脇往還とのにらめっこの日々になりそうな気配です(^^)

 

 

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方言バンザイ!“滋賀県方言語彙・用例辞典”

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最近滋賀の方言関連の図書がちらほらと刊行されているのですが・・・こんな本、図書館や研究者でもない全くの個人で買っているのは、“私”くらいのもんじゃないでしょうか(^^)

 

 

この本に初めて出逢ったのが、発売された2000(平成12)年。滋賀県方言語彙・用例辞典という何とも仰々しいというか、誠にお堅いタイトルに興味を持ち、人気(ひとけ)の少ないとある老舗の書店でちょいと立ち読み。

 

 

挨拶文も無ければ挿絵も無い、まさかの辞書形式。しかし読み進めていくと実に面白い

 

 

「何なんだこの本は・・・」といぶかしげに感じつつも、無性に気になる。「よし買ってやろう!」と価格を見るべく本をひっくり返せば、お値段なんと3,990円也。財布には(いつものように)僅かばかりの小銭のみ・・・。

 

 

あえなく断念<(TOT)>

 

 

あれから13年。この本のことはすっかり忘れておりました。

 

 

先日何がキッカケであったかは忘れてしまいましたが、知人と「滋賀の方言」について色々と話をしておりました。その時、偶然思い出したのがこの本のこと。

 

 

早速版元(出版社)のサイトを覗いてみましたところ、既に絶版・・・(T_T)

 

 

そりゃそうでしょうねぇ。こんなマニアックな本、恐らく主要な図書館や研究者及び関係者に一通り行き渡る程度にしか生産されなかったでしょうねぇ。近隣の書店でも見掛けた記憶はありませんし、Web通販各社でも品切れになっています。

 

 

ところがどっこい、事態は急変します。

 

 

小生の妻曰く、「アマゾンに在庫が1冊あるよ」と。恐るべしアマゾン!なんとナント、確かに在庫があります。ナイス小生の妻、久々の内助の功!(^^)

 

 

悩みました。ひたすら悩みました。ここ最近出費がかさんでおります。決して“安い”本ではありません。家計は決して楽ではありません。つい先日ボロボロの冬用スーツを6年振りに新調したばかりです。でも資料としての価値は一級品ですし、再販される見込みは恐らく無いでしょう。

 

 

悩むこと10分・・・買ってしまいました(“たいして悩んでないじゃん”というご指摘はご容赦を・・・)。

 

 

数日後、アマゾンからブツが送られてきました。休みの度に、家族打ち揃って食い入るように読んでいます。やっぱり“面白い”です。この面白さは滋賀の土着民でなければ味わえません。

 

 

我が家はしばらく、この本1冊でレクリエーションできそうです(^^)

 

 

ちなみに私がこの本を気に入った一節をご紹介いたします。もう彼是20年・・・いや30年以上前のことになりましょうか。私の亡き母方の祖母が時折話していた言葉で、何となくニュアンスは伝わってくるものの、よく意味が理解できなかったモノがあるのです。これが掲載されていれば大したモンだと思い探してみたのです。

 

 

おっ!ありました、コレです。

 

 

エゾクロシイ・・・不快で汚くうるさい
【用例】デパートのホールに、ダンボールを敷いて、エゾクロシイ人が寝てるわ。

 

 

お祖母ちゃん、あの人のことがそんなに嫌いだったのね(>_<)

 

 

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“けいおん”と“メンソレータム”?

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システムエラーにより更新が少し遅くなりました(>_<)

 

お正月は楽しくお過ごしになられましたか?今日からお仕事スタートの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

さて「後藤奇壹のびわこ浪漫怪廊」も本日から本格復帰でございます。

 

その第1弾が“けいおん”と“メンソレータム”…「ナゼにその選択?」とのご指摘、ごもっともでございます(^^)

 

実は前ブログでのアクセスランキング断トツ1位の記事でございまして…外すワケには参らぬと思い、復帰1号記事に抜擢いたしました。

 

 

“けいおん”とは、これまでTVで2シーズン放送された後その人気は止まるところを知らず、ついに劇場版が昨年12月3日に公開された「萌え系アニメ」の金字塔的存在(褒め過ぎか?)。

 

 

単なる「萌え系」に止まらず、音楽には素人同然の女子高生が廃部寸前の「軽音楽部」を再興するという意外にもしっかりした設定。

 

それでいて内容のほとんどがポヤ~ンとした彼女たちの日常を描いている点がファンの共感を呼び、また実際の街並みや建物を登場させるなどして地域の活性化にも貢献しているという点でとても高い評価を得ているユニークな作品…と聞いております(^^)

 

“メンソレータム”といえば、お馴染み「ロート製薬」が販売している、ちょっぴりスースーする「リトルナースちゃん」が目印のスキンケア商品。今ではリップクリームの知名度の方が高いのかも知れません。

 

“けいおん”と“メンソレータム”…「女子高生つながりかっ!」などと、そんな“安直なコラボ”はいたしません。これらには別にある深~い共通点が潜んでいるのです。

 

皆さん、「豊郷町立豊郷小学校」をご存知でしょうか?普段から時事ニュースを注視されている方ならご記憶かとは存じますが、1999(平成11)年にいつも全国紙の三面記事とは縁遠い滋賀県が一躍有名になってしまった事件がございました。

 

そう、当時の町長と町民が真正面から対立した「校舎改築問題」です。

 

豊郷小学校の校舎は去る高名なアメリカの建築家が手掛けた、とても格式ある建造物なのです。

 

そして(もうご存知の方は多いかと思いますが) “けいおん”に登場する女子高生たちの日常生活の舞台となっている学校は、この校舎をモチーフにしているとされています。

 

ここで事件の経緯を改めて紹介いたしませんが、もしこの校舎が解体されていたら、“けいおん”の中で登場する校舎はおろか、階段の手すりにあしらわれたウサギやカメのオブジェも描かれることはなかったでしょう。

 

アニメでは校舎の魅力の全てを網羅しているワケではありませんが、建築家の子どもたちへの深い愛情が随所に感じられる建物なのです。

 

今では事件のことなど無かったかのような様子で、週末ともなると地元商工会主催の「けいおん!カフェ」が人気を博しているようです…私は行ったことないですが…(^^)

 

 

おまけに劇場版公開を契機に、京阪電車・石山坂本線では左のようなラッピング電車も運行しています(これはかなり“痛い”…)。

 

 

さて次に“メンソレータム”ですが、もともとはアメリカの「メンソレータム社」という会社の製品だったというのはご存知でしょうか?

 

大正時代にあるアメリカ人が創業した「近江セールス(現在の近江兄弟社)」が日本でのライセンス(製造・販売)権を獲得し、国内に広めたのです。ただ残念なことに1974(昭和49)に近江兄弟社が経営破綻(後に再建)したため、その権利を返上してしまったのです。その後ロート製薬が権利を取得、1988(昭和63)年にメンソレータム社を買収し現在に至ります。あの「リトルナース」のキャラクターデザインも、もともとは近江兄弟社が手掛けたものなのです。

 

もう勘の良い方はお気付きかと思いますが、 “けいおん”と“メンソレータム”の共通点にはあるアメリカ人がいるのです。

 

そのアメリカ人というのが、今回のエピソードの中心人物「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」その人なのです(いつも“前振り”が長くて申し訳ありません<(_ _)>)。

 

ヴォーリズは1905(明治38)年に、滋賀県立商業学校(現在の滋賀県立八幡商業高等学校)の英語科教師として来日します。その後京都で建築事務所を設立し、日本各地の学校や教会などの建築に携わりました。

 

1908(明治41)年以降は近江八幡を拠点とし、数々の事業を展開していきます。周囲は彼のことを「青い目の近江商人」と呼んだそうです。後に子爵の令嬢「一柳満喜子」と結婚、日本に帰化して「一柳米来留(ひとつやなぎめれる)」と改名します。

 

ちなみに“米来留”という漢字表記は、「アメリカから来て留まる」という意味を洒落でつけたそうです。

 

改名してまもなく太平洋戦争が勃発。彼にとって「二つの故郷」が戦争状態に陥ったことは、さぞかし辛いことだったでしょう。戦後ヴォーリズは連合軍総司令官「ダグラス・マッカーサー」と太平洋戦争直前の内閣総理大臣だった「近衛文麿(このえふみまろ)」との仲介に尽力しました。天皇家の護持が成し得られたのも、彼の功績が大きいとも言われています。

 

そんな「深~い歴史」があったのも知らずして、私たちは今を生きているんですよねぇ。なお豊郷小学校の他に、事業の拠点であった近江八幡市には現在でも「ヴォーリズ建築」が多数保存されていますので、是非散策してみてください。

 

あと最後に豆知識。再建した近江兄弟社はメンソレータムに関する全ての権利を失ってしまったため、後に「メンターム」という商品を世に送り出します。

 

メンソレータムとよ~く似ているのですが、決定的に異なる点が2つあります。

 

1つめ。

 

メンソレータムのキャラクターは「リトルナース」ですが、メンタームは「メンタームキッド」、つまり“男の子”に変わっています。

 

なんとな~くタッチが似ているのは、同じデザイナー(今竹七郎)によるものだからです。

 

2つめ。

 

中身の薬の色ですが、メンソレータムは「淡い黄色」でメンタームは「白色」です。これは主成分であるワセリンの種類が異なるためです。

 

実際に薬局でl両方お買い求めになって違いを比べてみるのも面白いですよ。ちなみに両者とも効能は“同じ”ですのでご心配なく(笑)。

 

 

ついでに…

 

 

 

「映画けいおん」はただいま絶賛好評超絶公開中で~す。

 

 

決して「宣伝」ぢゃないッス!(爆)

 

 

(※この記事は「滋賀サクの歴史浪漫奇行」にて2010年7月21日に掲載したものを加筆修正しております。)

 

 

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