「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>
“アミンチュ”ボンネットバスが令和に辿った数奇な運命、第5話“再臨篇”(5回シリーズ)をお届け致します。いよいよ最終回を迎えました。
このボンネットバスの誕生から2017年までの詳細な生い立ちは、以下のリンクの記事をご覧ください。
なおこれまでは村田さんの回顧録的表現を随所に採用致しましたが、今回は小生目線でお届けしますことを予めご了承ください。
新規検査登録をパスしてから凡そ1ヶ月後の2020(令和2)年9月20日。10月に復活御披露目運行を控え、実質的な公試運転に臨みます。

公試運転とは自動車用語ではありません。実は船舶用語でして、船舶建造の最終段階で行う性能試験を指し、新造または改修を受けた船舶が全てに於いて所定の性能を有するか否かを確認する最終テストのことです。
小生はこのBXD30を船舶になぞらえて、事故でドック入りしてから様々な艱難辛苦を乗り越え、再び外洋へと旅立つ前に、今まさに試験航海に挑む・・・そのような視線で眺めておりました。
心なしかフロントフェイスがより引き締まって見えます(笑)。

公試運転に出発する前の束の間、工房前に駐機していたBXD30を見学させて戴きました。
BXD30の側面です。現在のバスには無い、丸みを帯びた人懐っこいレトロなスタイルを随所に散りばめています。特に屋根に近い部分にある角の丸い小さな窓は通称“バス窓”と呼ばれ、昭和中期に製造されたバスの象徴的形態の1つ。同時代の鉄道の気動車(ディーゼルカー)にも採用されていました。
また“暗礁篇”では正面の行先方向幕について触れましたが、側面の方向幕にも拘りのオマージュが施されています。
そう言えば『終点なのに“途中”とはこれ如何に』なんて洒落がありましたよね(笑)。

これまで主に外装の話題が中心でしたので、ここは車内をリポートしたいと思います。
こちらは運転席。小生が彦根ご城下巡回バス時代に乗車した際の状態をほぼ保っています。
電子機器が全く搭載されていないBXD30は、運転席周りの配置が実にシンブルです。
因みにこのバスがピットインした際、クラッチペダルに“下駄”が履かされていたそうです。村田さんの見立てでは、クラッチペダル関連の部品の消耗劣化等で一番奥まで踏み込まないとクラッチが切れない状態のようであったので、応急処置的に施されたのではとのこと。小生は「運転手さん、踏み込みに足が届き切らなかったのかな」との見立て(笑)。
今となっては真相は定かではありません。

こちらは車内の前方。今となっては板張りの床が逆に新鮮ですね。昭和中期のバスは木製の床がごく一般的で、特に水に濡れると滑りやすかったことから、小生も雨の日によく足を取られたことを懐かしく想い出されます。
天井には扇風機が点在して設置されています。若い世代の方々には、エアコンが標準装備されていない自動車なんて想像出来ないでしょうね(因みに扇風機は標準装備ではなく後付けです)。
なお屋根にはベンチレーター(換気装置)が装備されており、これに“窓を全開”で昔の夏は凌げていたのですね。

こちらは車内の後方。ワインレッドのモケットと白のシートカバーがレトロ感を掻き立てます。フロントガラスも去ることながら、リアの丸みを帯びたガラスの造形も職人づくりならでは。今新たにこれを再現することは、恐らく不可能でしょうね。先程の側面の写真より、こちらの方がバス窓の様子がよく解ります。
天井の両脇に額縁状のものがありますが、これにはこのBXD30がこれまで歩んできた歴史。貴重な写真が展示されています。
さていよいよ公試運転に出発です。目的地は大津市。今回この公試運転の同乗取材を特別に許可戴きました。これまたマニア垂涎の一番前の席に着座。この席に座るのは実に12年振りです。
加えてブログ開設8年目にして初めて動画掲載を試みました。こちらは県道42号を近江大橋方面へ疾走する光景です。
流石にBXD30は半世紀以上昔の産物ですから、現代の自動車にスイスイと追い抜かれてしまいます。ですが新たなDA640型・直列6気筒ディーゼルエンジンという心臓を得て、重厚で力強い咆哮を上げています。
もともとこのDA640型が後期型の5速変速機対応のため、4速のBXD30では些か伸びの無い苦しそうな唸りを上げているようにも感じます。約1分の短い動画ですが、是非ノスタルジックなサウンドを大音量でお愉しみください。
さてBXD30には公試運転の他にもう1つ、重大なミッションが課せられていました。

それは何と、滋賀県警察大津警察署が主催する令和2年度・秋の全国交通安全運動のイベントに花を添えること。守山から大津警察署を中継して、イベント会場のブランチ大津京までの往復33kmの行程をこなさなけれはなりません。
しかも警察主催のイベントですからノントラブルでの運行を期待されますし、ましてや交通事故なんぞあり得ません。BXD30にとっても、村田さんにとっても緊張の1日であったことは想像に難くありません。
しかしそのような不安を他所に、BXD30はその2つの大任を見事に果たしてくれました。これで名実共に完全復帰のお墨付きを得たのです。

その後時折機嫌を損ねることもありましたが、10月3日と12月6日に実施された公式の復活運行を大過なく無事務めあげました。
『機械も生き物も、人間が悪さをしない限り、ちゃんと愛情を注いでやれば、必ずそれに応えてくれる』ことを久々に実感したドラマ模様でした。
今後もこの“アミンチュ”ボンネットバスの行く末を見守っていきたいと思います。

今回“アミンチュ”ボンネットバスを窮地から救った、再生プロジェクト最大の功労者。二輪工房の代表・村田一洋さんです。
実はBXD30を引き取る前から、既にBXD20というボンネットバスを所有されています。正直個人でバスを2台維持するというのは並大抵のことではないと仰られます。ですが何とか還暦を迎えるまでは孤軍奮闘したいとも、また『自動車やバイクの保存は動態で維持してこそ価値があるので、どんな形でも結構ですから応援して欲しい』とも話されていました。
なおこのBXD30を含む2台のボンネットバスは、公式な復活運行時を除いて原則非公開となっています。
見学を希望される際は、必ず事前にホームページ(下記バナーリンク)からお問い合わせください。


最後にオマケ(笑)。
大津警察署主催の秋の全国交通安全運動イベントでは、2019ミスユニバーシティグランプリにして大津市在住・立命館大学生の長澤佳凜さんが1日警察署長を務められました。
イベント会場では長澤さんの周囲に黒山の人だかりが・・・実際イベントに花を添えたのはやっぱり・・・などと言ってしまうと頑張ったBXD30が可哀想ですね(苦笑)。
小生は芸能界を始めこの手の話題に疎いので、興味をお持ちの方はググってみてください。

実は取材を敢行したのはたったの1日。おまけに村田さんへのインタビューも、その日の早朝6時30分からお願いした約2時間半のみという強行スケジュール。
当初は1回に集約したダイジェスト記事を執筆する予定でした。しかし村田さんのお人柄、熱意、小生同様無類のマニア気質(笑)。そして何よりもこのボンネットバスに込めるこの上ない愛情と情熱に感銘し、「これはダイジェストで収まらない」と判断。今回の長篇シリーズ実現の運びとなった次第です。
また執筆側の勝手な思い込みやエゴイズムが、却って取材対象者の不利益や精神的苦痛をもたらすことを改めて知る良い機会となり、記事公開にあたっては村田さんと情報の符合や修正、内容の精査を慎重に行いました。
今回村田さんから戴いた一通のメールから、この記事が実現しました。もし皆様の周囲に、滋賀に埋もれたディープな話題がございましたら、是非「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」までお知らせください。お待ち申し上げております<(_ _)>
【おしまい】

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