湖國忠犬物語(前篇) “目検枷”の伝説

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さて未だ先の見えないこのコロナ・パンデミックの渦中、巣ごもりライフ・スタイルの影響からか、現在空前のペットブームが巻き起こっていると聞き及びました。先日久し振りにとあるホームセンターのペットコーナーを覗いてみたのですが、販売価格が軒並み従前の1.5~2倍近くに跳ね上がっており、この感染症不況下に驚きを隠せませんでした。ある意味需給バランス下での健全な市場の反応とも言えるのでしょうが、『生命の価値』とは一体何なのだろうと違和感すら覚えた次第です。

さて今回は、その人間と古来深い繋がりを持つ犬、それも忠犬と呼ばれる選ばれし犬に纏わるお話を3回シリーズでお届け致したく存じます。

忠犬といえば言わずと知れた東京・渋谷駅前のハチ公があまりにも有名なのですが、滋賀にもそれに負けじ劣らじの犬がいたのですよ。

平方天満宮

前回、旧長浜市の豊國神社を訪れました。そこから旧北國街道を南へ約1.7km。琵琶湖に程近く、長浜大佛も仰ぎ見る位置に平方天満宮(ひらかたてんまんぐう)があります。

因みに天満宮の縁起に依れば、かつてここは犬神明神と称していたのですが、江戸時代に加賀國(現在の石川県)・金沢藩主の前田候(どの藩主かは不明)が道中往来の際、藩主の奨めにより菅原道真公を祭神として天満宮と改めたとのこと。どういう経緯でそのようになったのかは定かではありませんが、お殿様の気まぐれ(?)にも困ったものですね。

境内の北側に目を遣りますと、緑色の古めかしい案内板が視界に入ります。

犬塚案内板

犬塚と大きく表記されています。どうやらここが伝説由来の地のようです。

『平方名犬物語』に依ると、その昔、平方天満宮には毎年近隣の村から、1人ずつ娘を人身御供(ひとみごくう/人間を神への生贄とすること)に差し出すという風習がありました。

ある年のこと。村にとても豪気な男がいて、人身御供の輿を神前に置いて、いったい何者がこれを求めるのか見届けてやろうと、近くの大木に身を隠していました。

やがて夜も更け三日月も影を薄くした頃、社殿裏の湖岸が俄かに波立って、しばらくすると得体の知れぬ怪物が出現しました。怪物は暗闇の境内を何やらぶつぶつと言いながら通っていきます。どうやら「平方のメッキに言うな」とつぶやいていたようです。男は「メッキ」というものが、怪物の忌み嫌う対象であることを知ります。

目検枷(イメージ)

男は「平方のメッキ」とは何かを調べたところ、それは野瀬の長者の愛犬のことであることが判明します。愛犬の名は目検枷(メタテカイ)と言いました(文献により目見解とも)。名前の由来は解りませんが、漢字単体で見ると如何にも邪に立ち向かう雰囲気があります。

翌年の人身御供の日に男は長者から目検枷を借り受けると、神殿の陰で怪物を待ち伏せしました。やがて怪物が現れると、男は目検枷とともにものすごい勢いで飛び掛かり、見事怪物を仕留めました。

しかし目検枷も大きな傷を負い、男に看取られて息を引き取りました。この怪物は川獺(かわうそ)だったとも、猿であったとも言います。ともあれ怪物の死体には、激しい闘いを物語るかのように目検枷の鋭い歯の痕が幾つも残されていたそうです。

犬塚(目検枷墓)

この目検枷を葬ったのが、平方天満宮にある犬塚だと伝えられています。なお石柱で垣を巡らし、その中央に置かれた目検枷の墓とされる小さな石に触れ、その手で歯の痛むところを撫でると、その痛みが止まると言われています。たちまち歯医者さんに掛かれない方は、是非ご利益にあやかってみては如何でしょうか(笑)。

平方天満宮

 滋賀県長浜市平方町662

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