御存知ですか?“明智光秀近江出身説”

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NHK大河ドラマ 麒麟がくる

スタート前に何かと受難の降りかかった大河ドラマ、『麒麟がくる』。一抹の不安を他所に、好調な滑り出しのようで何よりです。ネタ切れという理由もあるのでしょうが、昨今“敗者”側を描いた作品が市民権を得つつあるのは、勝者が捏造した史実ではなく、真の歴史を紐解くうえでとても意義深いことであると感じます。

明智光秀は単なる“敗者”ではなく、主君を討った所謂『逆臣』。これまで天下の裏切り者というイメージの強い人物を、今後どのようにドラマで描いていくのか。とても興味深く視続けたいと思います。

話は変わりますが、実は小生。幼少の頃より明智光秀の魂をこの世に受け継ぐ1人と信じて疑わない変わり者でして・・・『戦国武将で一番好きな人物は?』と問われた時、歴史好きの知人連中の大半が三傑(信長・秀吉・家康)の何れかを挙げる中で、一貫して明智光秀を口外して憚らない、少し浮いた存在でした(>o<)

でもね・・・“逆臣”“裏切り者”と後ろ指指された人間には、勝者には決して理解し難い純粋で聡明、そして他者には理解不能な苦悩と苦渋があるのです。きっと・・・

去る令和2年2月1日(少々タイムリーさに欠けることは何卒ご容赦くださいませ)。あけぼのパーク多賀(多賀町立博物館)にて、開館20周年記念企画 『 明智光秀と戦国の多賀 』事例報告・特別講演が開催されました。

あけぼのパーク多賀(多賀町立博物館)

事前申込制で定員80名。会場は満員御礼で、立席が出る程の盛況ぶり。冒頭、館長の小早川隆 氏からご挨拶。参加申込受付初日の開始時間に、何と電話が殺到して回線がパンク。開設以来前代未聞の出来事であったとのエピソードを披露されました。それだけ県内でも、明智光秀に関心を寄せる方々が多いということの現れなのでしょうね。

多賀町立博物館学芸員 本田洋 氏

まず最初に多賀町立博物館学芸員の本田洋 氏による事例発表が行われました。テーマは『光秀に味方した犬上郡の武将』。本能寺の変後から敗北を期した山崎合戦までの“三日天下”と呼ばれた間に、明智光秀のもとに参陣した犬上郡の武将の動向と末路について、文献や古文書の記述をもとに紐解かれました。

かいつまんで申しますと、犬上郡の武将たちはどちらかと言えば「渋々、お付き合いで、致し方なく」感が強く、あの智将で人望と情に厚く、信長家臣団の中で新参の外様にも関わらず一番の出世頭だった光秀に対する心証にしては、些か冷ややかではなかったかと感じました。

それだけ信長を討つ謀は短時間で決せられ、根回しもほぼ全く出来ていなかったということの裏打ちでしょう。

公益財団法人滋賀県文化財保護協会普及専門員・NPO法人歴史資源開発機構キュレーター
大沼芳幸 氏

次に公益財団法人滋賀県文化財保護協会普及専門員・NPO法人歴史資源開発機構キュレーターの大沼芳幸 氏より、『諸説あり「奇々麒麟」本能寺の変を近江的に分析する』をテーマとした特別公演が行われました。

大沼氏は逆に余りにも不足した文献や古文書を頼りとせず、時代背景・人物相関・地勢を不足する情報に補ってアプローチする独自の切り口で、信長・光秀の近江國(滋賀県)を重要視した理由を軽妙な語り口で解説戴きました。

明智光秀近江出身説

その中でも、最も興味惹かれたのはやはり『明智光秀近江出身説』。皆様ご承知の通り、光秀には生誕から青年期に関しての決定的な資料が皆無に近く、まさにミステリー。これが発見されれば(少し大袈裟ですが)『国宝級の一級資料』とまで言われています。そのような状況ですから、出身地と伝えられているのは実に6箇所もあるのです。

その6箇所のうち5箇所が美濃國(岐阜県)。現時点で最も有力な説は現在の岐阜県可児(かに)市に存在した明智荘とされています。そのような圧倒的に不利な中で、唯一岐阜県外の出身地として名乗りを上げているのが、滋賀県犬上郡多賀町佐目(さめ)なのです

その根拠となっているのが、地元に残る口伝や『淡海温故録』の中の記述。その中でも『淡海温故録』は17世紀後半(江戸時代初期)に書かれた滋賀の歴史書で、特に言い伝えや伝説の原典となっていることが多く、滋賀の郷土史に触れる者にとっては比較的ポピュラーな文献です。

それ故に若干“脚色”感は否めないのですが、『火の無いところに煙は立たぬ』のもまた一理ですので、これはこれで注目しています。初夏辺りには小生も周囲が落ち着きそうですので、この一件に迫ってみようと考えております。まずは佐目。そして時間が許せば、大津・坂本界隈を巡りたいですね。

明智光秀企画関連資料

因みに・・・余りにも大沼先生のアプローチが興味深かったので、会場で思わず著書を購入してしまいました(^o^)

タイトルは『明智光秀と琵琶湖』(海青社 刊/税別1,600円)。ボリュームに比して少々お高いですが、読みやすくオールカラーでビジュアル満載です。是非書店等でお買い求めください。

あと多賀町立博物館の企画展『明智光秀と戦国の多賀』は2月15日(土)までです。企画展の入場料は無料ですし、図録は何と100円(税込)です。どうぞお気軽にご来訪ください。

最後に・・・明智光秀は山崎合戦後、坂本城を目指し落ち延びる途中、落武者狩りの百姓に竹槍で刺され深手を負ったため自害。家臣・溝尾茂朝に介錯させ、その首を近くの竹薮の溝に隠した・・・とされているのですが・・・

実は生き延びて、家康の庇護のもと潜伏し出家。関ケ原合戦で南光坊天海(なんこうぼうてんかい)として再び世に出で、 その後『黒衣の宰相』と呼ばれて徳川三代(家康・秀忠・家光)を影で支えたという異説があります。

専門家の間では“近江出身説”同等に注目度の極めて低い説ですが・・・小生は心から信じています ・・・ そう“光秀の魂”が語り掛けているのです(^o^)

あけぼのパーク多賀
滋賀県犬上郡多賀町大字四手976−2
【TEL】 0749-48-2077(多賀町立博物館)

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