Monthly Archives: 3月 2019

Which one is correct?“五箇荘 or 五個荘”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

さて先日公開致しました『閑話徘徊“ローヤルクラウンコーラ”の謎』の中で、近江鉄道の駅名・五箇荘(ごかしょう)と、旧町名の五個荘の表記の違いについて少し触れさせていただきました。

五箇荘駅・駅名標

すると小生の大学時代の歴史・鐵道・旅の盟友の1人でもある、愚鴨長明氏が早速調査してくれました。

近江鉄道株式会社鉄道部運輸課によりますと、この周辺一帯はかつて五箇神社(東近江市五個荘宮荘町)の荘園であったとされ、これが起源で「五箇荘」という地名になったと伝えられているとのこと。ただ 小生 の裏取り調査では、五箇神社はかつて「山前(やまさき)八幡宮」と称していたため、この説もいささか信憑性が…。

繖山(きぬがさやま/別称・観音寺山)東麓を領し、日吉大社(大津市)・延暦寺(大津市)・皇室の所領を管理していた荘園・山前荘(やまさきのしょう)が、平安時代末期に「山前五箇荘」と称したことがどうやら本命のようです。

繖山(観音寺山)

ちなみに『五箇』の名の由来ですが、山前荘の中でさらに細分化された南荘・北荘・東荘・橋詰荘・新八里荘の5つの荘園を指すのだとされています。

また寺社・皇室の所領であったことから由来して、「空閑(こかん/免税のこと)」が訛ったモノだとも言われ、諸説あります。

いずれにしましても「五箇荘」が本来の地名として古くから存在し、近江鉄道では明治43(1910)年に小幡駅から移転開業した駅名に、この由緒ある表記を採用しました。

しかし、町村制施行で明治22(1889)年に誕生した東五個荘村・南五個荘村・北五個荘村には、敢えて旧表記を採用しませんでした。

旧五個荘町役場

またそれらが更に合併して昭和30(1955)年に誕生したかつての五個荘町でも、旧表記が復活することはありませんでした。恐らく「新しい時代の幕開け」を新表記でアピールしたいという思いが強かったのかも知れません。

人それぞれ、組織それぞれに今も昔も“思惑”ってあるもの。いやいやまだまだ学びの余地がございますね。

今回の問題解決にご尽力いただきました我が盟友・愚鴨長明氏、そして近江鉄道株式会社鉄道部運輸課様。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

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閑話徘徊“ローヤルクラウンコーラ”の謎

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

さて今回は、おもむろに東近江市は近江鉄道・五箇荘(ごかしょう)駅前を徘徊いたしております。

五箇荘駅

目的を持って散策するのも良いのですが、“糸の切れた凧”のようにプラプラ徘徊するのもまたオツなものでございます(^^)

このエリアは平成の大合併前、神崎郡五個荘町と称しました。

唐突ですが、かつての町名と駅名の漢字が異なるってご存知でしたか?

恥ずかしながら私、つい最近知人に指摘されて知りました。

五箇荘駅・駅名標

◇町名五個荘
◆駅名五箇荘

「郷土史を学ぶ資格なし!」でございます<(TOT)>

もともとの地名は五箇荘なのですが、明治期の町村制制定の際にどうやら改変されてしまったようです。経緯の詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら是非ご教授ください<(_ _)>

ちなみにこの五箇荘駅。開業した明治32(1899)年から約10年間は、この地から約200m北寄りの中山道と交差した場所にあり、当時は小幡(おばた)駅と称していました。また昭和57(1982)年に老朽化で駅舎が解体されて以降、平成12(2000)年に今の立派な駅舎が建てられるまでの18年間は、プラットホームのみの駅であったそうです。

旧五個荘町の玄関口であるハズなのですが、中心街から離れていることもあって実に閑散としています。私が訪れた時、利用客は誰もいませんでした。

これが駅前通り。

五箇荘駅前通

(現役か否かは不明ですが)通り沿いにぽつんと旅館が1軒あるのみ。

駅前にしては寂しい限りです。 こちらも、人っ子一人居やしません。

お世辞にも“駅前目抜き通り”とは、とてもとても…。

駅の正面でやや北側に15度視線をずらすと、何やら自然に還りつつある小さな東屋(あずまや)が眼に飛び込んで参ります。

千代松(店舗)

どうやらかつての“喫茶店”であったようです(やや想像に難いですが…)。

この東屋をしげしげと見つめておりますと、見慣れぬオブジェクトが視界に入ってきました。

千代松(看板)

「クラウンコーラ???」
「ローヤル?????」

私の脳内データベースで、コーラといえば「コカ・コーラ」か「ペプシコーラ」。まぁ百歩譲って思いつくと言ったら、何故か無色透明だった「ミラクルアルファ(ホワイトコーラ)」、韓国産なんちゃってコーラの「メッコール」、インパクトの大きいCMだけで終わった「サスケ」くらいなもんでしょうか(笑)。

…でもって、ちょっと気になったものですから“ローヤルクラウンコーラ”なるものを調べてみることにいたしました。

『興味は人生の肥やし』でございます!(^^)

ローヤルクラウンコーラはアメリカのロイヤルクラウン社が製造している炭酸飲料で、現在でもコカ・コーラ、ペプシに続いてコーラの世界シェア第3位なのだとか(それにしては全然記憶にありません)。

ローヤルクラウンコーラ広告(寿屋)

一般には略して“RCコーラ”と呼ばれているそうです(決してラジコン”コーラではありません)。

日本に初上陸したのは昭和36(1961)年。 壽屋(ことぶきや/現在のサントリー)がライセンス権を獲得し生産。

ローヤルクラウンコーラ広告(加山雄三&星由里子)

イメージキャラクターには、当時東宝映画の「若大将シリーズ」で人気急上昇中の加山雄三と星由里子を起用(懐かしい~)。

洋酒割にも相性バッチリの飲料として売り出されました。

しかしシェア拡大に苦戦し、契約期間終了とともにフェードアウト。

その後は一部の中小飲料メーカー(北海道・小原/富山・トンボ飲料)がライセンス契約を結んで、地域限定で細々と供給。

ローヤルクラウンコーラ広告(アメリカ)

平成元(1989)年にポッカコーポレーションがライセンス契約を締結。 全国区へリベンジなるかと思われましたが、こちらも平成8(1996)年に期限を迎え契約解消。今のところ国内で再び陽の目を見る可能性はないようです。

そんな不遇のRCコーラですが、北海道ではコカ・コーラよりも先行販売されていたためファンが多かったのだそうです。進出時に販促用として設置されたホーロー看板が今でも残っています。当サイトともリンクしております『琺瑯看板探検隊が行く』でも紹介されていますので是非ご覧ください。

それにしても、このかつての喫茶店。なぜRCコーラを選んだのでしょうねぇ。建屋の構造的に“居酒屋”も兼ねていたようにも見受けられますので、ひょっとするとその関連なのかも知れません。

さてさてRCコーラを調査しておりましたら、他にも日本ではこんなにも多くの種類のコーラが世に出ていたことが判明しました。まぁほとんど「絶滅種」ですが 主なものをご紹介いたします。

◆キリンコーラ(キリン)/グリーンコーラ(アサヒ)
…この辺はつい最近のアイテム。グリーンコーラは飲んだような、飲んでないような…。

◆ハードジョイト・コーラ(JT)/ゴールデン・コーラ(サッポロ)
…平成初期の新参者なのですが…全く記憶になし。

シュウェップス・コーラ(アサヒ)/ジョルト・コーラ(UCC)
…RCコーラ同様、海外ライセンス契約組。残念ながら共に10年程で撤退。

◆プラッシー・コーラ(武田)/LCコーラ(三共)
…お薬やさんのコーラ。お米屋さんや薬局にこんなのあったかなぁ???

その他、プライベートブランドのコーラもたくさんリリースされています。

それほど日本人って、“コーラ大好き!”なんですねぇ(小さい頃は“炭酸飲料を飲んだら骨が溶ける”なんて言われましたけど…)。

他にも皆さんのご近所に面白いネタが落ちていましたら、是非ご一報くださいませ。

チェリオコーラ

あっ、そーいえばウチの近所の自販機には、中京地区の雄「チェリオ・コーラ」があったっけ(*^_^*).

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