「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>
今年は開花時期に悪天候が重なり、存分に花見が愉しめなかった感のある滋賀の櫻。それでも例年に違わぬ美しさで、湖國に本格的な春の訪れの報をもたらしてくれました。
櫻は冬の寒さが厳しければ厳しい程、その耐えた力の反動で美しく咲くそうですね。ですから昨今の温暖化の影響は、櫻の開花エリアの南限をも徐々に押し上げているのだとか。また基本櫻は自生するものではなく人工的に植樹されているものなので、環境の変化やメンテナンス不足、そして何より我々人間が「愛でる」ことから「遊興にふける」対象にしてしまったために、急速にその数を減らしているとも聞きます。
さて県内に櫻の名所は数あれど、小生がゆったりとした気持ちで湖國の春を満喫出来るスポットとして毎年訪れるのが宇曾川堤です。
何時頃から流域ほぼ全ての堤防に植樹されるようになったのかは不明ですが、昭和30年代の地図には櫻の名所としての表記が認められ、また流域近郊の小学校の校歌の歌詞にも採用されていることから、相応に歴史が深いものと推察します。
一時期は河川改修や乱伐で急速にその数を減らし、絶滅の危機に瀕したこともありましたが、昨今の流域住民の熱心な保護並びに植樹活動により、かつての隆盛を取り戻しつつあります。
かく言う小生の父も、この宇曾川堤の櫻を愛して止まない一人でした。しかし残念ながら今年の開花を見届けることは出来ませんでした。
平成29年3月1日。父は何の兆候を示すこともなく突然身罷りました。享年80歳。
その日は何時ものように起床し、何時も通りに日中を過ごし、普通に夕食を取ったのですが、深夜に体調の急変を示し、小生による救護措置の甲斐なく、そのまま息を引き取りました。
余りにも突然のことで、加えて葬儀・年度末に於ける仕事の繁忙・各種手続に追われて、生活のリズムや体調を崩し、先週完結致しましたシリーズ記事の執筆を何度も中断しようと考えました。
しかし何より「中途半端に放り出す」ことを殊更嫌う父でしたから、父のことを言い訳にするのは矢張り親不孝であると考え、予定通り進行させることにしたのです。
別に父に褒めてもらいたい訳ではありませんが、少なくとも叱られることは無いだろうと思っております。
そして昨日、周囲の皆様のご助力でもって無事満中陰(四十九日)を迎えることが出来ました。家族全員未だに父の死を実感出来ずにはおりますが、何とかお浄土へと送り出すことは出来たと安堵致しておる次第です。
一周忌までは服喪の期間に入ります。徐々に生活のリズムや体調を元に戻していくとともに、服喪に伴う行動の制限もございますので、当面ブログの執筆は「可能な範囲」でスローに進めて参りたいと存じます。何時もご来訪ご高覧戴いている皆様にはご心配をお掛け致しますが、何卒当方の諸事情をお汲み取り賜りまして、温かくお見守り戴ければ幸甚です<(_ _)>
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