Monthly Archives: 2月 2015

ドラマ“限界集落株式会社”に想う

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

限界集落株式会社1月31日から放送を開始し、今週末いよいよクライマックスを迎えるNHK土曜ドラマ『限界集落株式会社』。普段全くドラマに興味を示さない小生が、『深夜食堂』から久し振りに注目した作品です。

 

日本の地方が内包する人口減少、経済低迷、インフラの陳腐化、後継者問題。特に農業にスポットを当て、住民一丸となり試行錯誤と様々な葛藤と闘いながら“ムラ”の再生を模索していくストーリーとなっています。

 

市町村合併で幕悦町(まくえつちょう)の一部となり、合併以降人口流出と経済の沈降に歯止めが効かない状態の山間の集落・止村(とまりむら)がドラマの舞台。

 

ロケ地は昨今Iターン・Uターンで俄かに注目を浴びている山梨県北杜市。村を通るローカル鉄道は、風光明媚な沿線風景が人気の群馬県にあるわたらせ渓谷鉄道で撮影されています。活性化の切り札となるもちきび(もちとうもろこし)もなかなかのチョイス。ロケーションや設定は絶妙だなと感心する一方、自身の地元の実状や課題とリンクしてしまうことがしばしばありました。

 

先日とある地場産品直売所を訪れた時のこと。

 

そこは3年前にオープンし、テレビや新聞にも取り上げられ、鳴り物入りで開設されたスポット。地場産の野菜を始め、6次産業アイテムも取り揃え・・・と聞いていましたが、オープン直後ではその真価が図れないので、こんな時期の初訪問と相成りました。

 

もちきび(もちとうもろこし)閉店2時間前の午後3時に来店したのですが・・・クルマも来客もまばら、店頭にメイン商材の野菜は売れずにてんこ盛り、こだわり(?)の6次産業アイテムもコンセプトが曖昧、陳列商品の扱いも雑・・・ドラマの展開と同様の様相。

 

恐らく当事者の皆さんは「何故なんだ!」という想いなんだろうなと感じる反面、消費者の目線から見れば、「さもありなん」な結果なのです。

 

余り詳細に記載すると場所を特定し兼ねませんのでこれ以上は控えますが、恐らくそのような状況に陥っている拠点が国内に山ほどあるのだろうなと拝察致します。

 

小生はコンサルタントでも農業のプロでも、ましてや経営者でもありませんので大それたことを申し上げる立場ではないのですが、それでも「消費者目線」から見た問題点は幾つかあります。

 

〇商品展開が「消費者の目線」に立っていない。

〇「地場産ブランド」を謳う割に、価格と品質のバランスが取れていない。

〇商品拡充を図るあまり、“地元産”を広義に捉え過ぎ。

〇商品の扱いが粗雑。

〇その拠点ならではの6次産業アイテムのコンセプトが曖昧。

〇購買意欲を促進する接客・サービスに欠如。

〇スタッフに活気が無い。

〇店舗運営を取り仕切る核となる人材が不在。

 

某JA滋賀県産キャベツ皆さん、誰もサボっていたり手を抜いたりしてはいないと思います。一所懸命です。でもその一所懸命はどう見ても「空回り」なのです。

 

最近近所のスーパーにも地元JAを通して地場産野菜が並ぶようになりました。

 

「地産地消」の一環だと思い購入したのですが、正直申しましょう・・・『クソまずい』(ーー゛)

 

JA(農業協同組合)のあり方がいま何かと問われる中、ある意味タイミングとして日本の農業は閉塞感漂う地方経済の活性化を促進する切り札になり得ると小生は考えています。小生の母方の実家は農家であったので、無論天災や害虫のリスクも存知しています。でも人間は最終的に生きるためには「土と水に依存する」という原点に戻らざるを得ないのです。

 

子供の頃、土と水と作物の香りを嗅ぐととても心が落ち着きました。皆さんにはそのようなご経験、ございませんか?機会があれば自身も農業を基軸とした活性化事業に参画したいと思うほど・・・ですが、まずはドラマの顛末をチェックしませんと(^^)

 

頑張れ!世界に冠たる日本の農業。

 

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民に寄り添う仏様“米炊地蔵”の伝説

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仕事の繁忙と体調不良で、またまたお休みしておりました(>_<)

 

さて今回は米炊地蔵(こめたきじぞう)の伝説についてご紹介したいと存じます。

 

箕作山東近江市のほぼ中心部にある箕作山(みつくりやま)

 

その東の麓に伊野部(いのべ)という集落があります。

 

ここはかつて神崎郡五個荘町と八日市市の境界でした。

 

その境界の集落の外れに小さな祠があります。祠には箕作山の岩塊に掘られた磨崖仏(まがいぶつ/自然の岩壁や露岩、転石に造立された仏像のこと)がひっそりと鎮座しています。

 

この磨崖仏は南北朝時代の作と伝えられており、地元では米炊地蔵と呼ばれています。

 

米炊地蔵堂このお地蔵様にはこんなエピソードが残っています。

 

昔々、とある豪商の家におつやという大変気立てのよい娘がおりました。

 

おつやは毎朝欠かさず太郎坊さん(阿賀神社)に参拝し、その道すがらにあるこのお地蔵さんにも絶えず線香やお花を供えておりました。

 

ある日のこと、いつものお地蔵さんのところを訪れた際、1人の武士が現れておつやにちょっかいを出してきました。

 

おつやが逃げようとすると「無礼者め!」と叫び、刀に手を掛けて今にも切り掛かろうとします。

 

するとその時、道の下を流れる川で米を研いでいた女が走り寄って、「もしお武家さま。何かは存じませんが、年若い娘のことですからどうか許してやってください」と懇願します。

 

米炊地蔵するとその武士は、「邪魔をする気か?いらんことをするならお前も切って捨てるぞ!」と激高しました。

 

女は娘に早く逃げるように目配せして、「お切りになるならどうぞ私を切って、この娘を助けてください」と地べたに座り込んで首を差し出しました。

 

武士は怒り心頭となり、すかさず女の首を切ってしまいました。

 

お陰でおつやは命拾いしましたが、身を挺して助けてくれた女のことが気になって仕方がありません。

 

翌朝、せめて女の家へ礼に行こうとして探しますが、村人は誰もその女のことを知りません。

 

途方に暮れていつものお地蔵様のところを訪れると、そこには胴と首が離れたお地蔵様が転がっていました。そこでおつやの身代わりとなったお地蔵様のことが大変評判になったとのことです。

 

ちなみに「米炊」の名は、「米研ぎ」が転じたものとも言われています。

 

現在、県道209号となった傍らの街道は、クルマが頻繁に行き交うものの、人通りはほとんどありません。でもうっすらと笑みを浮かべた可愛いお地蔵様は、今の時代にあっても人々の暮らしを優しく見守っていらっしゃいます。

 

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