「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>
第7回目は民芸ミュージアム 匠の館をご紹介致します。
実はこの旅の初日に高山市内のドライブステーション、“ら~めん板蔵”に立ち寄った際のこと。
とある小さなパンフレットに目が止まりました。でもその時は「ふ~ん、そんなとこあるんだ」程度の関心度。つまり大して興味を示さなかったワケです。
山間の国道158号を走行していた時のこと。妻がいきなり「あっ、匠の館!」と叫ぶものですから、思わず急制動!(事故にならなかったことが勿怪の幸いでございます)
小さな案内板に従い、国道を外れ隘路に進入。何とか対向車とすれ違うことが出来る程度の山あいの細道。「こんなところに博物館なんかあるのかねぇ???」と一抹の不安がよぎります。
しばらくすると少し視界が開けました。どうもここらしいです。
恐る恐る(?)駐車場らしき場所にマイカーを滑り込ませて周囲を警戒。
するとこちらの看板犬、忠犬ハチ(公?)に遭遇。
ひたすら一点を見据え、孤高感を醸し出す御年10歳の壮年わんこ。
小生を遥かに凌駕するその貫禄っぷりに感銘を覚えていた矢先、こちらの若奥様と遭遇。同施設の本丸へと誘っていただきました(^^)
高山市指定文化財にも指定されているこの建物は、明治15(1882)年に家主が建築費用の糸目を付けないという条件で、高山の日下部邸(国指定重要文化財)を完成させた飛騨の匠の技を受け継ぐ名工・川尻治助に依頼して建築されたものです。
農家として機能させることを前提に設計されているため絢爛豪華というイメージではありませんが、四季を通じて快適に過ごす工夫と、地主としての権威を示すための威風堂々とした造りに圧倒されます。日本の旧家に散りばめられた知恵と工夫と技とは、かくも素晴らしいものかと改めて感心させられます。
他にも色々見所はあるのですが、どうも「本題」から目を背けがちな小生の悪いクセが異なる視点へと誘うのです((+_+))
いくら国内各所に日本の旧家があるといっても、玄関に現役の“お馬さん”が居る光景は、そうそうないでしょう。
しかもあの希少種の木曽馬ですよ(@_@;)!
名前はコウキ君。まだ2歳の育ち盛りのぼうや。でもとても大人しいんですよ。機嫌が良ければたてがみを撫でさせてくれます。
木曽馬は長野県木曽地域を中心として飼育されてきた本州唯一の日本在来種の馬で、平安時代から江戸時代に掛けて武士の騎馬、農耕馬、荷馬として重用されました。しかし近代に入り軍用馬としては不適格とされたため需要は激減。現在は150頭余りしか生息していない、大変貴重な存在なのです。コウキ君の先輩は「木曽のナ~ 中乗りさん~」などと木曽節を唄う馬子に引かれて、はたまた勇猛果敢な木曽義仲の軍勢の騎馬としてさぞかし活躍したことでしょう。
さてまたまた視点を変えまして、こちらは匠の館最大の魅力の1つ。
こちらのご主人が様々な地元の写真資料を参考に、コツコツと製作された超力作!縮尺1/150、Nゲージ(線路幅9mm)の鉄道模型ジオラマ(業界では“レイアウト”と呼びます)です。
サイズは縦1,700mm×横3,000mmと博物館設置の類では決して大きくはありませんが、世の博物館や娯楽施設のレイアウトは余りにも鑑賞者に媚びすぎて脱線した演出や作り込みが多いので、こちらはコンセプトがしっかりとしていてとても好感が持てます。
写真ではお見せ出来ないのが残念ですが、かつて高山機関区でたむろしていた蒸気機関車たち。国鉄時代の特急「ひだ」(キハ82系)と現在の特急「ひだ」(キハ85系)。異色の名鉄~国鉄(JR)直通特急であった「北アルプス」の新(キハ8000系)旧(キハ8500系)車輌。神岡鉄道のディーゼル機関車(KMDD13形)などなど、高山本線を中心に活躍していた車輌だけを配置。
おまけに情景の中に置かれているバスが全て“名鉄バス”ですから、この拘りっぷりには脱帽です<(_ _)>
ちなみに若奥様はこの手の世界のことには全くご興味が無いようですが(苦笑)・・・それでも「流石幼い頃から山に囲まれて育っているので、山の表現、特に樹木のコントラストの再現はとても実感的」と仰っていました。とても鋭い“女性目線”ならではのコメントです(^^)
あとご主人はこのレイアウト製作に要した費用は約50万円と釈明・・・いやいや、説明されているのだとか。ただその額面に多くの来訪者から「???」の声が寄せられるそうです。まぁ配置されている車輌だけでも裕に50万円は下らないので、流石にそれは苦しい説明ですよね~ご主人殿(^^)
次回は匠の館の“もう1つの魅力”をご紹介致します(^^)
(旅は続くよ、どこまでも・・・)
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