Monthly Archives: 6月 2014

奥飛騨大自然紀行(7)“奥飛騨慕情!民芸ミュージアム 匠の館”前篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

第7回目は民芸ミュージアム 匠の館をご紹介致します。  

 

実はこの旅の初日に高山市内のドライブステーション、“ら~めん板蔵”に立ち寄った際のこと。

 

匠の館案内板とある小さなパンフレットに目が止まりました。でもその時は「ふ~ん、そんなとこあるんだ」程度の関心度。つまり大して興味を示さなかったワケです。

 

山間の国道158号を走行していた時のこと。妻がいきなり「あっ、匠の館!」と叫ぶものですから、思わず急制動!(事故にならなかったことが勿怪の幸いでございます)

 

小さな案内板に従い、国道を外れ隘路に進入。何とか対向車とすれ違うことが出来る程度の山あいの細道。「こんなところに博物館なんかあるのかねぇ???」と一抹の不安がよぎります。

 

しばらくすると少し視界が開けました。どうもここらしいです。

 

忠犬ハチ(公)恐る恐る(?)駐車場らしき場所にマイカーを滑り込ませて周囲を警戒。

 

するとこちらの看板犬、忠犬ハチ(公?)に遭遇。

 

ひたすら一点を見据え、孤高感を醸し出す御年10歳の壮年わんこ。

 

小生を遥かに凌駕するその貫禄っぷりに感銘を覚えていた矢先、こちらの若奥様と遭遇。同施設の本丸へと誘っていただきました(^^)

 

匠の館本館(田上太郎四郎邸)こちらが匠の館本館である、田上太郎四郎邸

 

高山市指定文化財にも指定されているこの建物は、明治15(1882)年に家主が建築費用の糸目を付けないという条件で、高山の日下部邸(国指定重要文化財)を完成させた飛騨の匠の技を受け継ぐ名工・川尻治助に依頼して建築されたものです。

 

 

農家として機能させることを前提に設計されているため絢爛豪華というイメージではありませんが、四季を通じて快適に過ごす工夫と、地主としての権威を示すための威風堂々とした造りに圧倒されます。日本の旧家に散りばめられた知恵と工夫と技とは、かくも素晴らしいものかと改めて感心させられます。

 

他にも色々見所はあるのですが、どうも「本題」から目を背けがちな小生の悪いクセが異なる視点へと誘うのです((+_+))

 

木曽馬コウキいくら国内各所に日本の旧家があるといっても、玄関に現役の“お馬さん”が居る光景は、そうそうないでしょう。

 

しかもあの希少種の木曽馬ですよ(@_@;)!

 

名前はコウキ君。まだ2歳の育ち盛りのぼうや。でもとても大人しいんですよ。機嫌が良ければたてがみを撫でさせてくれます。

 

木曽馬は長野県木曽地域を中心として飼育されてきた本州唯一の日本在来種の馬で、平安時代から江戸時代に掛けて武士の騎馬、農耕馬、荷馬として重用されました。しかし近代に入り軍用馬としては不適格とされたため需要は激減。現在は150頭余りしか生息していない、大変貴重な存在なのです。コウキ君の先輩は「木曽のナ~ 中乗りさん~」などと木曽節を唄う馬子に引かれて、はたまた勇猛果敢な木曽義仲の軍勢の騎馬としてさぞかし活躍したことでしょう。

 

さてまたまた視点を変えまして、こちらは匠の館最大の魅力の1つ。

 

昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマ(1)昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマです。

 

こちらのご主人が様々な地元の写真資料を参考に、コツコツと製作された超力作!縮尺1/150、Nゲージ(線路幅9mm)の鉄道模型ジオラマ(業界では“レイアウト”と呼びます)です。

 

サイズは縦1,700mm×横3,000mmと博物館設置の類では決して大きくはありませんが、世の博物館や娯楽施設のレイアウトは余りにも鑑賞者に媚びすぎて脱線した演出や作り込みが多いので、こちらはコンセプトがしっかりとしていてとても好感が持てます。

 

昭和30年代当時の高山の情景を再現した鉄道ジオラマ(2)また拘りは情景だけに止まりません。

 

写真ではお見せ出来ないのが残念ですが、かつて高山機関区でたむろしていた蒸気機関車たち。国鉄時代の特急「ひだ」(キハ82系)と現在の特急「ひだ」(キハ85系)。異色の名鉄~国鉄(JR)直通特急であった「北アルプス」の新(キハ8000系)旧(キハ8500系)車輌。神岡鉄道のディーゼル機関車(KMDD13形)などなど、高山本線を中心に活躍していた車輌だけを配置。

 

おまけに情景の中に置かれているバスが全て“名鉄バス”ですから、この拘りっぷりには脱帽です<(_ _)>

 

ちなみに若奥様はこの手の世界のことには全くご興味が無いようですが(苦笑)・・・それでも「流石幼い頃から山に囲まれて育っているので、山の表現、特に樹木のコントラストの再現はとても実感的」と仰っていました。とても鋭い“女性目線”ならではのコメントです(^^)

 

あとご主人はこのレイアウト製作に要した費用は約50万円と釈明・・・いやいや、説明されているのだとか。ただその額面に多くの来訪者から「???」の声が寄せられるそうです。まぁ配置されている車輌だけでも裕に50万円は下らないので、流石にそれは苦しい説明ですよね~ご主人殿(^^)

 

次回は匠の館の“もう1つの魅力”をご紹介致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

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ちなみに・・・最近勤務先のパートさんに「フツーのサラリーマンにしておくのは勿体ない」などと言われてる始末。未だ自身の“可能性”に彷徨している小生・・・どなたか小生の才能を“開花”させてくださいまし(@_@;)

 

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奥飛騨大自然紀行(6)“銀輪爆走!Gattan Go!!”後篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>  

 

第6回目は引き続きGattan Go(ガッタンゴー)をご紹介致します。  


真っ暗の神岡第二隧道さて神岡第二隧道に突入。すぐさまレールマウンテンバイク搭載の前照灯を点灯させますが・・・

 

漆黒の闇・・・です(>_<)

 

すかさず手持ちの補助灯(LED)を点灯させますが、それでもこのような感じ。

 

でも季節外れの大雨で外気がやや蒸し暑くなっていたので、ひんやりとしたトンネル内部はひと時のオアシスになりました。

 

直線でしかも延長300m程度のトンネルであるため、あっという間に通過。

 

旧飛騨神岡駅隧道を抜けるとそこは旧飛騨神岡駅


国鉄時代は飛騨船津駅と称し、旧神岡町中心街並びに町役場の最寄駅でした。

 

1.8km地点のここは高架駅のためとても見晴らしがよく、線路からは旧神岡町の街並みが一望出来ます。

 

さぁて第2の関門、神岡第一隧道が目前に迫っています。今度はトンネルの向こう側が全く見えません。

 

神岡第二隧道が“漆黒の闇”なら、神岡第一隧道はまさしく暗黒の闇。流石に前照灯も補助灯も何を照らしているのやら・・・自慢の一眼レフも光源を捉えられず撮影不能に((+_+))

 

神岡第一隧道全く視界が開けず一抹の不安がよぎる中、長い右カーブをひたすら疾走。

 

するとようやく光が・・・

 

おおっ、このシチュエーションはまさしく川端康成の世界。

 

トンネルを抜けるとそこは・・・“雪國”・・・ではありません(^^)

 

トンネルを抜けると・・・延長約600mのトンネルをミッションコンプリートすると緩やかなカーブが見えて参ります。

 

このカーブに差し掛かると、終点まであと少し。

 

煙雨なのか好天の兆しなのか・・・一か八かの想いでラストスパートを掛けます。

 

ようやく終点が見えてきました。ガッタンゴー往路約3.0kmの完走です。

 

旧神岡鉱山前駅このアトラクションの折り返し地点である旧神岡鉱山前駅

 

ここも国鉄時代は神岡口駅と称していました。

 

この神岡線内で最も広大な施設を有する駅で、国鉄そして神岡鉄道時代を通じてこの路線が必要とされた理由を象徴する場所でもあります。

 

もともと神岡線は、この写真中央に見える神岡鉱山から亜鉛鉱石を搬出するために計画された路線だったのです。第3セクター化後も濃硫酸の輸送が行われていましたが、トラックへの転換に伴い貨物営業を平成16(2004)年12月31日をもって休止。貨物輸送が収益の約7割を占めていた神岡鉄道は、このことにより廃止の道を選ばざるを得ませんでした。

 

ちなみに社会の授業で「日本の四大公害病」というのを習ったのを覚えておられますか?「水俣病・第二水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそく」でしたよね。実はそのうちのイタイイタイ病の原因となったのが、この神岡鉱山から神通川流域に流出したカドミウムなのです。

 

旧神岡鉱山前駅ホームと車庫山間の駅に不釣り合いなこの広大な施設は、かつて貨物輸送が全盛だった時代の名残です。

 

さて駅に到着後、しばしホームの待合室で休憩。

 

ホームの端にある大きな白い建物はかつての車庫。

 

ここに今でも神岡鉄道時代に活躍したKM-100形ディーゼルカーとKMDD13形ディーゼル機関車が保管されています。かつて廃線後に観光鉄道化を目指す動きがあり、それに備えての保存だったのですが、推進派の当時の飛騨市長が市長選に落選してしまい、計画は白紙となりました。時折公開されているようですが、願わくはこの3km区間でだけでも再びエギゾーストノートを響かせて欲しいものです。

 

復路出発待機中のレールマウンテンバイク幸か不幸か休憩室に入った途端、再びどしゃ降りの猛攻。ここで約30分、足止めを喰らう羽目になりました(>_<)

 

でも走行中に降られなかったのはせめてもの救い。

 

さぁここから復路のレポートを・・・と言いたいところですが、帰りは地獄でございました(T_T)

 

往路で調子に乗ったせいか、私たちのカラータイマーは既に赤点灯状態。おまけに帰りは上り勾配。何とか無事戻るために必死でペダルを漕いだ記憶しか残っていません。挙句の果てに妻が過呼吸で途中ダウン!残り約600mを小生が片肺運転するという悲劇を招きました((+_+))

 

皆さん、ペース配分は大切です!

 

猪谷駅ところ変わってここはJR高山本線にある猪谷駅

 

この駅は現在、JR西日本とJR東海の境界駅となっています。

 

1日の利用者は僅か50人程度。駅前にコンビニすらない山あいの小さな駅ですが、境界駅ということもあって全ての特急が停車。乗務員(運転士・車掌)も交替します。

 

ここはもう富山県に位置するのですが、かつてこの猪谷は神岡線の起点駅でした。

 

旧神岡鉄道専用ホームホームにはフェンスが設置され、レールが撤去された痕跡が写真でもご確認頂けますが、以前はここに神岡線が乗り入れる3番ホームが存在しました。

 

この猪谷の街も、神岡線の衰退とともに廃れました。

 

神岡から鉱石を満載にして牽引されてきた貨車がここで一旦留置され、本線用機関車に付け替えて各地へと旅立っていった光景が容易に想像できます。

 

無人駅となった猪谷はまるで時間が止まったかのようです。

 

それでは最後にこんなエピソードを。

 

ガッタンゴーを無事完走し、旧飛騨温泉口駅の休憩室でまったりとしていた時。スタッフの方とこんな話をしました。

 

ありし日の神岡鉄道【鐵道朋友会 提供】「神岡鉄道の廃止が決定した時、さぞかし地元では反対の声が高まったのではないですか?」

 

如何にも鐵道ファン(目線)の、鐵道ファンによる、鐵道ファンのための典型的な質問。

 

これに対しての回答は意外なモノでした。

 

「いいえ、神岡鉄道の廃止は地元住民からすんなりと受け入れられました。冬の過酷な環境、沿線の急速な過疎化、貨物輸送休止に伴う業績悪化・・・あの時全てに於いてもう“限界”だったんです。例え観光鉄道として事業継続しても、地元の人間には先が見えていました。私たちにとって神岡鉄道の存在は、もう“お荷物”だったんです。」

 

それを聞いて軽くショック・・・惜しまれて消えゆく鉄路が多い中、こんなにも不憫なことがあろうかと。

 

でもよくよく考えてみると、鉄道事業も経済活動の一環。収益が上げられなければ事業継続出来ないのは至極当然のこと。であるならば、地元の方々は冷静に現実を受け止めて、賢明な判断を下されたのでしょう。

 

単なるアトラクションのつもりでしたが、ここでも様々な「旅の醍醐味」が堪能出来ました。ガッタンゴーは4~11月が営業期間(詳しくはオフィシャルサイトを参照)。完全予約制ですので、旅の行程には十分ご注意ください。特にゴールデンウィークや連休、夏休みは混み合いますので、ご予約はお早めに!

 

そしてまた晴れ間が巡ってきました・・・(^_^)v

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

レールマウンテンバイク ガッタンゴー

・岐阜県飛騨市神岡町東雲(あずも)1327-2
【TEL】 090-7020-5852
【Web】 http://rail-mtb.com/
【定休日】水曜日(平日はスポット営業)

 

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奥飛騨大自然紀行(5)“銀輪爆走!Gattan Go!!”前篇

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第5回目はGattan Go(ガッタンゴー)をご紹介致します。  


「大自然を観望!」色が濃い“奥飛騨の旅”。でもただ“観る”だけではつまらないので、体験型イベントを組み込むことに致しました(^_^)v

 

旧奥飛騨温泉口駅いや~それにしましても山の天候は本当にコロコロと変わります。

 

さっきまでピ~カンの快晴と思いきや、数十分後にはご覧の通りのどしゃ降り(>_<)

 

さて、一見この「道の駅」っぽいシャレた建物は旧奥飛騨温泉口駅です

 

昭和41(1966)年に国鉄神岡線の終点・神岡駅として開業。昭和59(1984)年に第3セクター鉄道に転換(神岡鉄道)後は、奥飛騨温泉口に改称されました。この駅舎は平成14(2002)年に新設されたものですが、平成18(2006)年に神岡鉄道が廃止されたため、僅か4年で鉄道駅舎としての機能を失いました。

 

レールマウンテンバイク今回ここで何を体験するかと申しますと、軌道自転車(レールマウンテンバイク)でかつての線路を爆走しよう!という試みであります(^^)

 

軌道自転車と申しましてもエンジン搭載型の保線車輌ではなく、写真のようにレール上を自走するための専用フレームにマウンテンバイクを2台固定したモノ。

 

これを見ると、古今東西種別を問わず乗り物好きの小生はワクワク度が急上昇して参ります(^^)

 

神岡鉄道時代の想い出かつては神岡鉄道の本社も兼ねていた駅舎は、現在レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの管理事務所を始め、往時の神岡線を偲ぶギャラリーにもなっています。

 

美しくも厳しい自然環境の中で沿線住民のライフラインを支えていたかつての神岡鉄道。1枚1枚の写真から様々なドラマが生まれていたことを想起させます。

 

受付を済ませ予約時間になるまで駅構内をウロウロ。そんな時間潰しの間も更に雨脚は強まり、スタッフの方からは「安全面から中止する場合もあります」と告げられます。

 

レールオートバイピットに目を向けると何やら面白いマシンを発見!

 

こちらはレールマウンテンバイクならぬレールオートバイ

 

スズキ・バーディ50を2台専用フレームで繋げたもので、スタッフ専用マシンとのこと。

 

体力に自信のないお客様やファミリー向けに用意された木製トロッコの牽引機として、また連絡用、路線点検用に使用されているそうです。でもコレ、鉄道専門用語に引っ掛けて言うならば、協調運転がとても難しそうですね(>_<)


止まぬ雨を恨めし気に天を仰ぐこと約30分。ここにまた小生に“旅の神様”が降臨します。そうなんです、どしゃ降りがウソのようにピタッと止んだのです(^_^)v

 

ミーティングルームスタッフの方から運行再開決行!が告げられ、早速ミーティングルームに呼集されます。

 

ここはかつての神岡鉄道本社事務所。ここでレールマウンテンバイクの利用上のルールと注意点、安全衛生のレクチャーを受けます。

 

安全装備を受領したら、いよいよ出発!

 

ここはかつての改札口。つい8年前までは、ここにレールバスがエギゾーストノートを山間に響かせながら進入していました。

 

旧改札口手前に見えるのはベンチではありません。レールオートバイの説明で出ました木製トロッコです。


この先に見える木製カタパルトのようなところにレールマウンテンバイクをセットし、線路へ射出されるようにして発車します。

 

その線路に滑り落ちる際の感覚といったら、もう何とも言えませぬ(^^)

 

さぁ、ここから3km先にある旧神岡鉱山駅を目指します。

 

いざスタート!いよいよ線路上を走行開始。

 

乗っているのは自転車なのですが、気分はもう鐵道運転士!

 

思わず大声で「出発進行!」なんて言っちゃったりしています(^^)

 

今回私達は観覧シート付電動アシストマシンに搭乗。

 

銀輪爆走!小生と妻が動力源となり、娘が観覧シートに乗るという「お姫様馬車」状態。

 

我がファミリーのパワーバランスを象徴するかのような乗務構成です((+_+))

 

行きは緩やかな下りとなっているため、電動アシストの助けを借りずとも、みるみるうちに増速!

 

カーブ手前で減速しないと脱線しそうになる程に加速します。

 

旧神岡大橋駅そしてあっという間に800m地点を通過。

 

こちらは旧神岡大橋駅

 

近隣住民の要望で、第3セクター化されてから新設された唯一の駅で、右に見える赤いキノコの形をした公衆トイレがこの駅のシンボル的構造物です。

 

・・・という解説もそこそこに、神岡大橋駅を高速で通過していきます。

 

神岡第二隧道そして1.3km地点。

 

最初の未知との遭遇(?)、神岡第二隧道の入口が目前に。

 

さぁトンネルに突入するぞ~~~(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

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奥飛騨大自然紀行(4)“小散歩日和!中尾温泉/中尾高原”篇

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第4回目は中尾温泉/中尾高原をご紹介致します。  

 

中尾高原の野の花奥飛騨温泉郷は、平湯温泉・福地温泉・新平湯温泉・栃尾温泉・新穂高温泉の5つの温泉地で構成されています。

 

その中でも新穂高温泉は最も北辺に位置し、且つ広範囲で高地にある温泉地です。

 

 

それにより最も春の訪れが遅く、秋の訪れが早い。夏が短く、冬の長いエリアでもあります。

 

この新穂高温泉は広範囲であることから、更に新穂高温泉・蒲田温泉・中尾温泉の3つのエリアに分かれます。この中でも中尾温泉は最も高地に位置します。

 

鎌倉街道石仏今回宿泊しましたうちのペンションはその中尾温泉にあり、前述の季節の移ろいは最も顕著であると言えます。

 

ここ中尾は、古くは鎌倉街道の飛騨と信濃(長野)とを結ぶ交通の要衝・中尾峠への起点として機能していました。

 

また江戸時代に整備された飛騨と越中(富山)とを結ぶ飛騨新道の一拠点ともなり、ここに中尾口留番所が設置(設置されたのは蒲田地区)され、口役銀(くちやくぎん/現在の関税に相当)の徴収と国境の警備が行われていました。

 

現在は上高地・西穂高への登山口として多くの登山客で賑わい、旅館に加えペンションも多いため、高原のリゾートの雰囲気を呈しています。


中尾温泉3号泉温泉地である中尾には3つの源泉をエリア内に有し、一般的な動力ポンピングではなく、高温・高圧の地熱を利用して大量の蒸気と硫黄性のガスが湯とともに噴出する掘削自噴泉であることが特徴。

 

源泉から上り立つ大量の蒸気と豊富な湧出湯量を目の当たりにしますと、温泉とはいえ「ガス炊きの冷泉しか存在しない滋賀」の民にとっては驚きと感動の連続です(>_<)

 

こちらは集落の東外れにある中尾白山神社。その名が示す通り、白山信仰崇敬の拠り所です。

 

中尾白山神社この白山神社は中尾の村を守護する氏神様を始め、境内には竈の神・水の神・風の神・山の神・お稲荷様・秋葉様・お鍬様・子宝岩と9つの神様が鎮座しておられます。

 

境内はとても清浄に保たれており、現代に於いても住民の強い崇敬の念をひしひしと感じます。

 

町外れにあるため訪れる人も少ないのですが、最近は隠れたパワースポットとして認知度が高まっているようです。

 


中尾を訪れる人がどうしてもファインダーに収めたい光景がコレ!“足洗いの湯”から遠望する快晴の錫杖岳・笹ヶ岳の大パノラマです(^_^)v

 

錫杖岳・笹ヶ岳遠景(足洗いの湯)この角度での写真は中尾温泉/中尾高原の宣材にも多用されています。すなわち、テッパン中のテッパンのビュースポットなのです。

 

2年前に訪問した際は全く天候に恵まれず、とても悔しい思いをしました。しかし今回は早朝にバッチリ快晴の北アルプス山系を確保致しました(^^)

 

 

これを撮影した10分後にはもうガスが空を覆い始め、さっきの快晴がウソのよう・・・ホント、山の天候は猫の瞳の如くコロコロと変わります(>_<)

 

先程の角度から180度回頭しますと、今度はコチラ!

 

焼岳遠景(足洗いの湯)現在でも活火山として時折水蒸気を上げ、奥飛騨温泉郷の源泉のミナモトでもある焼岳のパノラマ。左隣の少し低い山が中尾峠で標高2,099m。昔の旅人はこんなに高く、しかも火山の直ぐ横を行き来していたなんて驚きです(>_<)

 

 

“足洗いの湯”は移動せずして周囲の美しい山容が堪能できる、中尾高原随一のビュースポットです。

 


ちなみに訪問時に頻発していた地震。地元ではこの焼岳が起因する火山性のモノでは?との憶測が飛び交っていましたが、気象庁がこれを全面否定したため、大きな混乱にはなりませんでした。

 

つい9年前にも水蒸気爆発が発生し、泥流の噴出によって犠牲者を出していますから無理からぬことです。

 

さて中尾温泉/中尾高原の散策、如何でしたでしょうか?最後はマチナカで見つけた珍品をご紹介して締め括りたいと思います。

 

それが、コチラ!ボトル自販機(内野酒店)

 

「えっ?そんじょそこらにあるコ〇コーラの自販機でしょ」

 

いえいえ、写真を拡大モードで目を皿のようにしてよ~く観察してください(@_@;)

 

昭和40年代以前にお生まれの方ならもうお気付きですよね(^^)

 

そう、これは瓶飲料自動販売機。しかも現役稼動中!

 

今や缶・ペットボトルが主流の時代、ジュースがガラス瓶に入っているのを見掛けるのはホテル・旅館・居酒屋といった業務用の場だけとなりました。

 

でもガラス瓶が主流だった時代にも自販機は存在したのです。現行紙幣(千円札)にも対応可能なシステムを搭載した最後発モデルですが、それでもかつての雰囲気を十二分に醸し出しています。

 

中尾で唯一(?)のアミューズメントショップ、内野酒店の店頭にございますので、懐かしさを感じた方、得体の知れぬオブジェクトと気になった方(笑)は、是非独特の購入システムをお愉しみください(^_^)v

 

次回は銀輪爆走の世界(?)へと皆様をご案内致します(^^)

 

(旅は続くよ、どこまでも・・・)

 

奥飛騨温泉郷 中尾温泉 中尾観光組合

岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾
【TEL】 0578-89-2458
【Web】 http://nakao-spa.com/

 

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