さらば2013!さらばイーゴス108!

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

本日で2013年も終焉を迎えます。皆様、どのような1年をお過ごしあそばされましたでしょうか?

 

さて本年最後の記事は、去りゆく2013年と共に滋賀の風景から消えていったびわ湖タワーイーゴス108についてお話をいたしたいと存じます。

 

びわ湖タワー看板(琵琶湖東岸)高度成長期に誕生した県下きってのアミューズメントパーク“びわ湖タワー”の名を、どれだけの方が記憶されているでしょうか。

 

かつて関西ローカルのTVCMびわ湖タワーへ行こう! 遊園地で遊んで、ひとっ風呂浴びて、宿泊・宴会。飲んで食って大人も子供も楽しさいっぱい!びわ湖タワーと放送されていたのが、今でも大変懐かしく感じます。

 

琵琶湖大橋が開通して間もない昭和40(1965)年6月、国道161号と交差する琵琶湖西岸の立地に、大阪市に本社を構えるフタミ観光がドライブイン・レストランを開業。昭和42(1967)年8月に遊園地として拡張され、5万平方キロメートルの敷地にアトラクションや温泉付宿泊施設、結婚式場が併設されました。

 

その中でも最大の目玉は、展望室が回転しながら昇降する全高63.5mの日本初回転昇降式展望タワーで、360度のパノラマで琵琶湖や比良山地が一望出来ました。

 

創業時のびわ湖タワー【大津非実用ガイドブック 所載】また駐車料金や入園料は無料であったこともあり、県民はもとより、関西圏近郊からの観光客で常に盛況の様相を呈していました。

 

平成4年(1992)年4月26日、びわ湖タワーに代わる目玉として、世界一の高さ(完成当時)を誇る108mの大観覧車、イーゴス108が誕生します。

 

愛称は一般公募で決定され、「イーゴス」は「すごーい」を逆から読んだものでした(深いというか、安直というか・・・)。

 

その後、琵琶湖畔に佇む滋賀県有数のランドマークとして親しまれ、対して役目を終えたびわ湖タワーはパンジージャンプのフレームに改造されました(但し施設としての名称は残されました)。

 

イーゴス108イーゴス開業当初は大変人気を博し、観覧車前には長蛇の列。6人乗64基のゴンドラが満杯で、1日最高13,500人の利用。施設全体で最高約5万人の来場を記録し、全盛期を迎えるに至ります。

 

しかしその後は遊園地氷河期のご多分に漏れず来場者が減少。景気の低迷、嗜好の多様化、若者のマイカー離れが影響し、平成13(2001)年8月31日に業績不振で閉園・廃業しました。

 

閉園後の跡地利用として当初は場外馬券発売所が計画されていましたが、地元住民の猛反発により頓挫。しばらくは廃墟同然のまま放置され廃墟マニアのちょっとしたスポットとなっていましたが、その後スーパーのイズミヤとヤマダ電機が建設されました。

 

イーゴス108は閉園後も残され、現在の土地所有者である不動産会社の協力のもと、「いつでも再開出来るように」とフタミ観光の元社長が毎月1回(2011年より2ヶ月に1回)、動作点検を実施して劣化を防いでおられたとか。その様子はTVでも紹介されました。

 

解体されるイーゴス108(2013年10月撮影)平成19(2007)年4月には「2008年春に運転再開」との報道がありましたが、長きに渡る景気低迷の影響で実現には至りませんでした。ところが事態は急転直下、今年8月ベトナムでの再稼働の話が浮上し、9月より解体作業に着手した後、輸出されることが決定したのです。

 

9月4日、営業時と同じ1周15分ペースでの動作点検をもって最後の稼働を終了、解体作業に着手。

 

12月上旬には解体作業は完了し、順次船舶による資材の輸送が行われます。購入先の要請を受け来日したドイツ人技師も、イーゴスのコンディションに太鼓判を押したとか。塩害に侵されることのない立地と、イーゴスを影で支えてきた人々の想いが、今回の“御縁”を繋いだのでしょう。

 

琵琶湖の風景から消えてしまうのは寂しい限りですが、異国の地で再び活躍してくれることを願って止みません。また滋賀に“不死鳥伝説”が刻まれました。

 

今年1年、小生の拙い記事をご高覧戴きまして誠に有難うございました。来年も「小さな郷土史」を紡いでいけるよう邁進して参りますので、ご愛顧賜りますようお願い申し上げます。有難うございました<(_ _)>

 

◎「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」ブログ全表示はこちら!

 


ご愛読いただき誠に有難うございます。ワンクリック応援にご協力をお願いいたします!