高野山巡礼紀行(5)“胎蔵曼荼羅・壇上伽藍”篇

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

今回も引き続き“高野山巡礼紀行”をお届け致したいと存じます。

 

 

金剛峯寺を後にし、この旅のクライマックスとも言うべき高野山二大聖地の1つ、壇上伽藍(だんじょうがらん)に足を運びました。

 

 

ここでお断り。、壇上伽藍は奥之院同様、高野山の象徴的な存在のため、写真撮影を厳しく制限されています。よって余りビジュアルでのご紹介が出来ませんので、文面からご想像頂けると幸いです<(_ _)>

 

 

そぞろ歩いておりますと、壇上伽藍への道すがら、眼に留まる箇所がいくつか出て参ります。

 

 

恵宝地蔵尊(赤地蔵)まずはこちら、常喜院(じょうきいん)恵宝地蔵(えほうじぞうそん)。通称・赤地蔵とも呼ばれています。

 

 

全身赤のお姿は高野山の鎮守神・丹生(にう)明神の丹生(水銀朱)に由来しており、血の色でもある朱は“活力と蘇生”“死との対決”“死霊封殺”を意味します。

 

 

福徳・財福を大地の如く内蔵する地蔵尊が、その福徳を衆生(命あるものすべて)に恵み与えてくださいます。なお赤地蔵さんは「赤いお供え物」が大のお好みなのだそうです(^^)

 

 

修業大師像次はこちら、修業大師像

 

 

形態に若干の差異はありますが、全国の空海ゆかりの寺院で最も眼にする機会の多いお大師様のお姿ではないでしょうか。

 

 

「蓑笠に錫杖」はかつて空海が全国修行行脚を行っていた際の定番スタイル。各地に“〇〇大師”“〇〇弘法”と呼ばれるものが点在しているのは、空海が如何に庶民に親しまれていたかの証です。

 

 

さてようやく壇上伽藍に到着です。

 

 

壇上伽藍は「壇場伽藍」とも表記します。高野山の西方、金堂、根本大塔、西塔、御影堂などの立ち並ぶ一画を指し、現在は金剛峯寺が管理しています。

 

 

壇上伽藍 金堂ここは、空海が存命中に堂宇を結んだ場所で、真言密教の道場としての高野山の中核となる部分でもあります。現存する堂塔の大半が江戸後期から昭和初期に再建されたものです。

 

 

この金堂は昭和元(1926)年に焼失後、昭和7(1932)年に再建された鉄筋コンクリート製の建築。

 

 

堂内には高村光雲・作の本尊・阿弥陀如来像を安置しています。昭和元(1926)年の焼失時、堂内には旧本尊・阿弥陀如来像(薬師如来と同体とも)を始めとした7体の仏像が安置されていましたが、堂と共に焼失してしまいました。旧本尊は非公開の完全な秘仏であったため写真も残っておらず、どのような像であったかは永遠のミステリーとなっています。

 

 

壇上伽藍 根本大塔次にこちらは根本大塔

 

 

金堂の右後方にある多宝塔(1階平面が方形、2階平面が円形の二重塔)で、昭和12(1937)年の空海入定1100年を記念して再建された、これも鉄筋コンクリート製の建物です。

 

 

内部正面の梁には昭和天皇宸筆の勅額「弘法」が掲げられており、中央に胎蔵界大日如来像、その四方に金剛界4仏を安置しています。本来別々の密教経典に説かれている「胎蔵界」の仏像と「金剛界」の仏像を一緒に安置するのはとても異例なことなのですが、これは両者が根本的には1つだという空海の思想を表したものであるといい、「根本大塔」とい名称もこれに由来するのだそうです。

 

 

ここで1つの疑問。比叡山・延暦寺のように戦乱に巻き込まれてもいないのに、なぜこうも堂宇が消失しているのか?・・・失火?・・・まさか放火?・・・

 

 

意外にもその原因は落雷なのです。今回の訪問の際のように穏やかな快晴が続くことは、急変著しい高野山の気候ではとても珍しいことなのだそうです。ですので昭和初期の建築では未だ木造全盛であったにも関わらず、当時の技術の粋を結集して、火災に強い鉄筋コンクリート製で再建されたのだそうです。

 

 

高野山霊宝館最後に訪問したのは高野山霊宝館

 

 

財団法人高野山文化財保存会が運営している博物館相当施設で、金剛峯寺を中心とする高野山約100ヶ寺の国宝21件(4686点)、重要文化財142件(13884点)、和歌山県指定文化財13件(2850点)を含む約50000点の文化財を収蔵しています。

 

 

 貴重な文化財に触れる機会を得られることも去ることながら、この文化財に関する資料も多数販売されていますので、とくに「仏像マニア」の方には別の意味での「聖地」と呼べるかも知れません(^^)

 

 

極楽橋駅構内残念ながら今回の“高野山巡礼紀行”はここまで。他にも沢山の見どころや体験コーナーがあるのですが、時間の制約上断念せざるを得ませんでした。

 

 

もしまたの機会を得ることが出来たなら、平安時代の2大宗教家であった空海(弘法大師)の聖地・高野山と最澄(伝教大師)の聖地・比叡山の比較をじっくりと行えればと考えております。

 

 

またの機会が得られれば・・・の話ですが(>_<)

 

 

平成27(2015)年に高野山は開創1200年を迎えます。4月2日~5月21日には記念行事が大々的に執り行われますので、是非、宗教都市・高野山に御参詣ください。

 

 

弘法大師像ちなみに・・・いまさらながらではございますが、この方をよもやご存知ない方はいらっしゃいませんよね?

 

 

そう、日本中世の偉大な宗教家にして真言密教・高野山の開祖、空海(弘法大師)ですよね。

 

 

私の父は旅の最後の最後にこの肖像画を見て、「これ誰や?」とのたまいました。トホホでございます<(TOT)>

 

 

(次回はおまけコーナー「高野山ふしぎ発見」です・・・)

 

 

◎「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」ブログ全表示はこちら!

 

 

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 滋賀県情報へ
ご愛読いただき誠に有難うございます。ワンクリック応援にご協力をお願いいたします!