これぞ真打!正真正銘“戦国BASARA”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

今回は「これぞ真打!正真正銘“戦国BASARA”」についてのお話をいたしたいと存じます。

 

 

今から約3~4年前。世は空前の歴史&歴女ブーム・・・“歴史好き”の私にとってこんな時代がやってくるとは想像もつきませんでした。だって史跡・神社仏閣や発掘調査の説明会なんぞにやって来るのは、十中八九たいてい「ご年配の方々」なんですもん(>_<)

 

 

戦国BASARAこのブームの火付け役の一端を担ったアニメ・戦国BASARA(2009年)。放送は深夜枠でしたが、その人気は衰えることを知らず、翌年には続編“弐(ツー)”も登場。何と放送枠は日曜夕方に“超”大出世!そして果ては「劇場版」や「実写ドラマ」も展開されました(ドラマは大コケだったようですが・・・)。

 

 

作品自体、時代劇の「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「龍馬伝」を遥かにしのぐ“史実歪曲”“過度の脚色”っぷり。おまけに「北斗の拳」の“覇道シンドローム”と「ドラゴンボール」の“天下一武道会シンドローム”をふんだんに採り入れていますが、まぁ「歴史&歴女ブーム」を巻き起こしてくれた功績は、素直に評価せねばなりません。

 

 

(しかしまぁ、私が敬愛してやまない“明智光秀”があんな描かれ方をされるなんて・・・トホホ)

 

 

ただ、どなたも全ての戦国武将が「イケメン」だったなんてことをド真剣に信じておられないとは思いますが・・・まぁこれ以上の詮索は当ブログの趣旨ではございませんのでこの程度にしておきます。さてさてアニメのタイトルにもあります「BASARA(ばさら)」という言葉ですが、皆さんその意味をご存知でしょうか?

 

 

“ばさら”は「婆娑羅」とも表記しまして、本来は南北朝時代の文化的な流行や社会的風潮を指す流行語のことなのです。南北朝時代の風潮とはどのようなものだったかと申しますと、鎌倉幕府が崩壊した後、天皇や貴族といった朝廷に類する権威は地に堕ちて軽んじられるようになります。それに伴い華やかで粋な着物で着飾ったり絢爛豪華な立ち居振る舞いをしたりという美意識と、後の戦国時代に於ける「下剋上(下位者が上位者を打倒すること)」の前進的価値観が誕生したのです。

 

 

つまり、厳密に言いますと「戦国BASARA」の“ばさら”だけは、番組の内容的にはほぼ合致しているものの、時代的には250年ほどズレているワケでして・・・作品のイメージを当てはめるなら、漫画「花の慶次~雲のかなたに~」で一躍有名人となった“前田利益”に与えられた異名をとって、戦国KABUKI(かぶき)とした方が良かったような気もせんでもないです。

 

 

あぁまた脱線しかけました。このままだとアニメ批評で終わってしまいそうです。

 

 

佐々木道誉ここからが本題です。滋賀にはかつて“ばさら”にふさわしい人物がいたのです。その人の名は佐々木道誉(ささきどうよ)。正真正銘、婆娑羅大名(ばさらだいみょう)の異名を与えられた人物です。

 

 

えっ?この肖像画のどこが“ばさら”なの?・・・というご指摘、ごもっともです。これは出家後の姿です。ただ頭を丸めているからといって、“改心”したかどうかは定かではありませんが(^^)

 

 

あまり教科書では詳しく紹介されませんが、これでも立派な近江源氏・佐々木氏の当主であり、文武に秀で、特に鎌倉幕府の倒幕/後醍醐天皇の政権擁立(建武の新政)/室町幕府の樹立にあたり足利尊氏を影で支え活躍した、実はスゴい人なのです。

 

 

当時は佐々木高氏(ささきたかうじ)と名乗っておりましたので、尊氏とともに「源氏の威信を取り戻した2人のタカウジ」と、ワタクシ個人的に呼んでおります。

 

 

この道誉という人は実に逸話の多い人でして、皇族や公家相手に全く動じることなく人を喰ったような態度に出るとか、戦(いくさ)で屋敷が敵に取り囲まれているにもかかわらず呑気に花を生けたり宴会の用意をさせたりしたとか、対立相手からの花見の誘いを断ったうえに自分で勝手に大宴会を催すなど枚挙にいとまがございません。

 

 

そんな道誉ですので、尊氏が室町幕府樹立後“ばさら”行為を禁じても、一向に止める気配なんぞ微塵もなかったようです。しかし道誉は尊氏亡き後も幕府の要職にあり続けます。「裏切り行為」が“当たり前”の風潮の世にあって、源氏復権の要(かなめ)として尊氏の才を見出し、どのような状況にあっても尊氏を支え続けた道誉は、「変わり者」とはいえ尊氏にとってまた足利氏にとって最も信頼に足る人物だったのでしょう。

 

 

こんな話をしていますと、あのセリフが耳について離れません。

「幸村~っ!!」
「親方さま~っ!!」
「幸村~っ!!」
「親方さま~っ!!」

“2人のタカウジ”の関係も、アニメにしたらこんな感じになるのでしょうか(^^)

 

 

勝楽寺こちらは犬上郡甲良町正楽寺にある道誉の菩提寺である勝楽寺(しょうらくじ)です。

 

 

この寺の裏山に道誉は勝楽寺城を築き、生涯ここを拠点としました。

 

 

勝楽寺の山門は、かつての勝楽寺城の城門を移築したものだと伝えられています。

 

 

佐々木道誉公墓道誉はこの勝楽寺に41歳から亡くなる78歳まで隠棲し、尊氏やその嫡男で2代将軍・義詮(よしあきら)の配下としてのみならず、相談・指南役としても活躍しました。

 

 

是非「真の“BASARA”」の足跡を訪ねてみてください。

 

 

「真の“BASARA”」はあなたの側にいますか?・・・

 

 

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