北陸との通商路“北国街道と脇往還”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

いや~この連日の降雪と寒さにはショージキまいります(>_<)

 

 

我が家の雪景色何故かと申しますと取材活動に出掛けられないからです。

 

 

 

毎回県内の様々な伝説やエピソードをご紹介しておりますが、ここ最近の大半が昨年後半に取材しましたストックの資料をベースにご紹介しているのが現状です。

 

 

毎日のように“長期気象予報”にらめっこしておりますが、どうもこの3月まではストックデータでしのがねばならない気配です。最悪記事の更新を一時休止することも覚悟せねば・・・と、冬のどんよりとした空を日々恨めしく見上げております。

 

 

まぁ愚痴をこぼしていても始まりませんので、ここは路線変更と参りましょう。

 

 

取材に出られないのなら、未取材箇所の情報収集と更なる郷土史関連資料の整理にあたる!いわゆる日頃の予習が肝要です(*^_^*)

 

 

さて、私は兼ねてより街道に興味を持っております。現役を引退しましたら、昔の人と同じように歩いて旅をしてみたいと。何も某P社のエ〇ルタ君のように「東京から京都まで走破するぞ!」などという壮大なプロジェクトではなく、県内の街道をゆっくりぼちぼち歩いてみたいのです。

 

 

これまでクルマの移動では見過ごしがちな先人の遺構を、歩くことによって発見することが何度もありました。やはり旅の基本&醍醐味は“二本の足で歩く”ところにあると思うのです。

 

 

ところで滋賀の街道と言えば東海道中山道がいの一番に浮かびます。さてさて皆さんは以下の街道のうちどれだけご存知でしょうか?

 

◆鳥居本(彦根市)と直江津(新潟県)を結ぶ“北国街道

◆関ヶ原(岐阜県)と木之本(長浜市)を結ぶ“北国脇往還

◆行畑(野洲市)と鳥居本(彦根市)を結ぶ“朝鮮人街道

◆札の辻(大津市)と敦賀(福井県)を結ぶ“西近江路

◆小幡(東近江市)と土山(甲賀市)を結ぶ“御代参街道

◆行畑(野洲市)と鳥居本(彦根市)を結ぶ“朝鮮人街道

◆武佐(野洲市)と桑名(三重県)を結ぶ“八風街道

◆出町柳(京都府)と小浜(福井県)を結ぶ“若狭街道

 

北国街道と脇往還その他にも地域の生活路としての街道も挙げればきりがありません。これら「マイナーな街道」は資料も少なく、また再開発や区画整理・道路の路線付替を行われた箇所が思いの外多いため、探訪は困難を極めるのです。

 

 

そんな私に助っ人として頼もしい資料がまた1つ、手元に届きました。長浜城歴史博物館編纂の『北国街道と脇往還(ほっこくかいどうとわきおうかん)』です。

 

 

これまで郷土史を学んできた中で北国街道と脇往還の名は頻繁に出てくるのですが、いま一つルートのイメージが掴めず今日に至ってしまっております。ちなみに脇往還と申しますのは、現代風に表現すればバイパスみたいなものです。

 

 

この資料では2つの街道の詳細なルート説明だけに止まらず、豊富な写真や図版を駆使して、歴史的背景や沿道文化にまで言及しています。

 

 

中河内宿しかもこの2つの街道と長浜の街を結んでいた長浜街道と、一昨年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の舞台ともなった浅井氏の小谷城と米原を結んでいた小谷道についても網羅しています。

 

 

先日の記事で触れました豪雪地帯・中河内(なかのかわち)に宿場があったことに驚き(冬はどのように行き来していたのでしょう?)ました。

 

 

加えて、そこから10km程南にあります柳ヶ瀬(やながせ)に本格的な関所が存在したことも初めて知りました。

 

 

 

何十年も滋賀の郷土史を勉強してきたつもりでしたが、いやいやなかなか奥が深いと申しましょうか・・・お恥ずかしい限りです(━_━)ゝ

 

 

柳ヶ瀬関所いやはやこれは私にとって予想以上の第1級資料でした。

 

 

 

9年前に長浜城歴史博物館の特別展の図録として刊行され既に絶版となっていたのですが、幸運にも新品で入手することが出来ました(またまた高額出費は痛いですが・・・)。

 

 

雪が解け切る4月以降に、湖北エリアを重点的に取材していこうと考えております。それまでにはコイツを完全にマスターしておかないと・・・。当面はお天気模様ではなく、この北国街道と脇往還とのにらめっこの日々になりそうな気配です(^^)

 

 

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