きぬがさやま夜話(1)“観音正寺”の伝説

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

今回から3回シリーズで「きぬがさやま夜話」と題しまして、繖山(きぬがさやま)にまつわるお話をいたしたいと存じます。

 

 

繖山(きぬがさやま/別称:観音寺山・標高433m)は、東近江市と近江八幡市の境界とする繖山山系(安土山~箕作山)の最高峰になります。

 

山中には日本最大級の山城といわれる近江源氏・佐々木氏の嫡流である六角氏の本拠地・観音寺城跡と、西国三十三箇所第32番札所である観音正寺(かんのんしょうじ)、また日本の養蚕の発祥地である桑實寺(くわのみでら)を擁します。

 

 

そもそも(きぬがさ)とは何ぞや?

 

 

その答えは、桑實寺に残る『桑實寺縁起』(国指定重要文化財)にあります。

 

 

天地が初めて別れた大昔。あるところに一株の桑の木があり、そこに3つの果実が出来ました。

 

1つは金烏(きんう/太陽に住むという三本足の伝説の鳥)となって木の頂を飛び、1つは玉兎(ぎょくと/月に住むという伝説のウサギ)となって枝の先で遊んでいました。

 

これが世の中を照らす日光と月光の表れとなります。

 

最後の1つの実は地に落ちて山となりました。その山の形は8枚の葉のようで、天蓋にも似ていました。

 

 

ちなみに繖(きぬがさ)とはこの天蓋(てんがい/貴人・聖人の寝台・玉座・祭壇・司祭座などの上方に設ける覆い)のことを指します。

 

 

以来、この山は繖山と呼ばれるようになったのです。以外やこんなところに、“天地創造”“日本起源”の言い伝えがあるのですね。

 

 

この繖山には色々なお話が残っているのですが、今回は観音正寺に話題を絞ってお届けいたします。

 

 

観音正寺は605年に厩戸王(うまやどのおう/一般的には聖徳太子として知られる)によって開基されたと伝えられています。その開基の起源に関するお話が残っています。

 

 

 

その昔、厩戸王は仏教を広めるために諸国を行脚しておりました。

 

そして近江の愛知川(えちがわ)に差し掛かった時、川の畔で人魚の訴えを聞きます。

 

「私は琵琶湖に住む人魚ですが、実は毎日鱗(うろこ)の間を虫に喰われ、痛くて苦しんでおります。私の前世は漁師でしたが、殺生を生業としていたために、このような姿に生まれ変わってしまったのです。どうか観音菩薩をお祀りして、私の苦しみを救ってください。」

 

そこで早速厩戸王は山に登り、自ら千手観音を刻んで祈ったところ、人魚の苦痛が解消されたといいます。

 

 

その後、この千手観音を本尊として堂塔が建立されました。

 

 

他にも境内の“奥之院”と呼ばれる場所の岩屋には、厩戸王が刻んだという磨崖仏(まがいぶつ/自然の切り立った崖や巨石に彫刻された仏像)が残っています。後に平安時代後期のものであることが判明したため、どうやら“厩戸王作”ではないようです。

 

風化が激しく長い間非公開となっていましたが、2005(平成17)年に「開創1400年」を記念して、期間限定で公開が再開されました。現在は非公開となっております。

 

 

実はこのお寺、2回の大きな災難に見舞われています。

 

 

1度目は戦国時代。同じ繖山に本拠地を持っていた南近江の守護大名・六角氏の庇護を得て栄えていたという理由から、観音寺城もろとも織田信長により焼き討ちに遭い全焼しています。再建されたのは江戸時代初期と言われています。

 

 

そして2度目は何とつい20年前のこと。1993(平成5)年、失火により本堂が全焼。本尊で国指定重要文化財であった「千手観音立像」や、当寺起源の寺宝でもあった人魚のミイラも焼失してしまいました。現在の本堂は2004(平成16)年に再建されたものです。

 

 

また新たに造立された本尊・千手千眼観世音菩薩坐像は、インドから輸入された23トンもの白檀(びゃくだん/仏教儀式で香木として珍重され、特にインドのマイソール地方で産するものが最も高品質とされる)が使われています。

 

 

その希少性からインドで白檀は禁輸対象品となっていましたが、ご住職が二十数回訪問して交渉に当り、結果特例措置として輸出が認められたのだそうです。

 

 

焼失してしまった“立ち姿”の観音様は高さ1m足らず。新たに造られた“座り姿”の観音様は3.56m(光背を含めた総高は6.3m)のビッグサイズ!

 

 

何故こうなってしまったのかは、造立を手掛けた仏師界のカリスマ・松本明慶氏とご住職のみぞ知る・・・といったところでしょうかねぇ(?_?)

 

 

西国三十三箇所の第32番札所ということもあり参拝者は絶えませんが、“純粋な巡礼地”であり“妙な観光地化”をしていない分、ゆったりと訪れることが出来ます。冬季(3月迄)は専用有料道路が閉鎖されるため、東麓にある石寺楽市にクルマを駐車し石段の参詣道をご利用ください。この時期は心静かにお参り出来ること請け合いです(^^)

 

 

今回の取材に快くご協力、また貴重な資料をご提供いただきました観音正寺寺務所様。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

 

 

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