Monthly Archives: 4月 2012

花嫁が消える怪奇!“嫁取橋”の伝説

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

今回は花嫁が消えてしまうという怪奇、嫁取橋(よめとりばし)についてのお話をいたしたいと存じます。

 

 

東近江市の旧八日市・五個荘エリアに建部(たてべ)と呼ばれる地区があります。現在は「建部〇〇町」といった形で行政区画が細分化されていますが、かつては建部荘・建部村と呼ばれていました。

 

 

この建部の地に吉住池(よしずみいけ)、通称・日吉溜(ひよしのため)と呼ばれる溜め池があります。

 

 

3月7日更新記事の“ハナノキの伝説”でも少し触れましたが、ここ池の西側にある箕作山の瓦屋禅寺は、河内國の四天王寺創建の際に瓦を製造した拠点として造営されました。

 

 

またこの日吉溜は、瓦に使用する土を掘ったため出来たものであると伝えられています。

 

 

その池に通じる細い川に、とある石橋が1つ掛かっておりました。

 

 

昔々、信濃國(現在の長野県)に兵左衛門と近江國・甲賀に太郎右衛門という人物がおりました。2人は若い頃からとても親しい間柄にありました。

 

 

さて、太郎右衛門には17歳になるお菊というそれは美しい娘がおりました。その美貌は近隣でも評判で、「甲賀小町」とまで呼ばれていました。

 

 

かねてよりお菊の評判を耳にしていた兵左衛門は、「是非うちの息子の嫁に」と太郎右衛門に申し出ました。

 

 

この縁談話はトントン拍子に進み、大層な嫁入り道具を整えて、はるばる信濃まで輿入れをすることになりました。

 

 

春三月のうららかな佳き日、花嫁を輿(こし/人を乗せ人力で持ち上げて運ぶ乗り物)に乗せて甲賀を出立。花嫁行列は御代参街道(ごだいさんかいどう)を通り、日吉溜のこの石橋に差し掛かろうとしておりました。

 

 

すると橋の上に1人の少女(一説には老婆)が両手を広げて行く手を遮り、何やら大声でわめいています。

 

 

何を言っているのかと近付くと、「いま池の中で龍神様の祝宴が行われているので、それが済むまでこの橋を渡ってはならぬ」と大声で叫んでいるのです。

 

 

「何を馬鹿げたことを…ここは天下の大道である。そこを退け!邪魔をすると叩き切るぞ!」と脅しましても一向に動こうとしません。怒り心頭となった太郎右衛門は、とうとう刀を抜いてその少女を真っ二つに切ってしまいました。

 

 

すると瞬く間にその少女の姿は消え失せ、のどかな春の池の景色に戻りました。そして橋の上には金襴織の丸帯が1つ、置かれてありました。

 

 

「これは珍しい丸帯だ、戴いていこう」と太郎右衛門は帯を長持(ながもち/衣類や寝具の収納に使用された長方形の木箱)に納めて出立しようとしたその時です。妙に花嫁の興が軽いのです。不思議に思い輿の中を見ますと、何と乗っている筈の花嫁の姿がどこにもありません。

 

 

すると、何処からともなく「花嫁はたしかに頂戴した。礼の印に金欄帯を進上する」との声が聞こえてきました。花嫁は池の主に盗られてしまったのです。

 

 

この変事に一行はびっくり仰天!腰も抜かさんばかりで、輿も何もかも投げ捨てて逃げ帰ってしまいました。

 

 

これ以降この石橋を嫁取橋と呼び、絶対に花嫁の行列を通さないこととしました。

 

 

また龍神様の怒りを恐れた近隣の村人たちは日吉溜の主をご神体として崇め、“日吉澤早慧龍神(ひよしざわそうけいりゅうじん)”としてお祀りしました。そして毎年7月25日に祭祀を執り行い、村の安泰を祈念したそうです。

 

 

現在、御代参街道であった道路にこの石橋は残っていません。

 

 

なお東近江市建部日吉町にある日吉神社の参道近くにある石材が、かつての嫁取橋であったと言われています。

 

 

「急いては事を仕損じる」という教訓ですね。

 

 

来るゴールデンウィークは、家族と共に県内各地へフィールドワーク(取材散歩)に出掛ける予定をいたしております。充電期間ということで、次回更新は5月9日となりますのでお楽しみに!

 

 

(※この記事は「滋賀サクの歴史浪漫奇行」にて2011年4月26日に掲載したものを加筆修正しております。)

 

 

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神と人とをつなぐ虹の架け橋“帯掛ケンケト祭”の伝説

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

今回は滋賀を代表する春の奇祭の1つ、帯掛ケンケト祭(おびかけけんけとまつり)についてのお話をいたしたいと存じます。

 

 

帯掛ケンケト祭は東近江市蒲生岡本町(がもうおかもとちょう)の高木神社、上麻生町(かみあそちょう)の旭野神社、下麻生町(しもあそちょう)の山部(やまべ)神社の三社合同で行われます。

 

 

祭の起源は何と800以上前までさかのぼるといわれ、国の選択無形民俗文化財にも指定されています。

 

 

滋賀には他にも竜王町・杉之木神社、甲賀市土山町・瀧樹神社にもケンケト祭がありますが、こちらでは木製の大太刀に7本の鮮やかな柄の丸帯を掛けた「帯」が用いられるためそう呼ばれています。

 

 

日本創生、神代の時代のお話です。

 

 

当時、天照大神(あまてらすおおみかみ)により高天原(たかまがはら)から地上へ追放された乱暴者の神様がおりました。

 

 

その神様は出雲國(いずものくに/現在の島根県)を拓かれて勢力を拡大し、近江國にも開拓のためその一族の神様がやってこられました。

 

 

蒲生野に麻生庄(あそのしょう)というところがありました。

 

 

この土地にまもなく神様がやって来られるということで、各集落の長は何かと気を揉んでおりました。

 

 

お迎えの準備も整い、いよいよお出でになるという頃。

 

 

折からの豪雨で日野川が氾濫し、橋が流されてしまったのです。

 

 

国造りに忙殺されている神様のことですから他の集落に出向いてしまわれるのではと心配した村人たちは、急いで橋を補修することにしました。

 

 

しかし今から資材を調達したのでは間に合いません。

 

 

そこで男女の着物の帯を持ち寄って、木太刀1本に7筋ずつしっかりと結び付け、それを7本用意して仮の橋を造り上げたのです。

 

 

やがてこの地を訪れた神様は、この仮の橋をご覧になり大層お喜びになられました。

 

 

そして村人たちに、この地をより豊かなものにすることを約束されたのです。

 

 

これまで麻生庄は狩猟が主な生活の糧でしたが、神様は持参された稲の種を蒔かれたり、薬草を栽培されたり、水路を整備して農地を拓き、農耕の指導までなされました。

 

 

この神様こそ、“因幡の白ウサギ伝説”で名の知れた大国主命(オオクニヌシノミコト)でした。

 

 

 

 

集落の長たちは大国主命の偉業を称え氏神として祀り、その遺徳を後世に伝えるため帯掛ケンケト祭を行っているのだそうです。

 

 

 

 

ちなみにこのお話には異説が2つ存在します。

 

 

 

1つはこのお話のメインキャストが大国主命ではなく、奈良時代に平城京と東大寺を造営した聖武天皇(しょうむてんのう/第45代天皇)であるというもの。養老7(723)年の行幸が契機というもの。

 

 

もう1つは江戸時代の話。

 

 

関ヶ原合戦で東軍に与し、後に彦根の地を領することとなる井伊直政とともに戦功を挙げた関一政(せきかずまさ)は、徳川政権下で伯耆國(ほうきのくに/現在の鳥取県)・黒坂藩の藩主となりす。しかし元和4(1618)年、家中内紛を理由に改易。

 

 

御家断絶かと思われましたが、徳川家への貢献が考慮され家名存続が認められます。養子の関氏盛(せきうじもり)は、5,000石の旗本寄合席(はたもとよりあいせき/無役の上級旗本の家格)として蒲生郡を知行地とすることになりました。

 

 

氏盛は中山村(現在の蒲生郡日野町中山)に陣屋を構え、以降幕末まで関家が蒲生14ヶ村を治めました。

 

 

ある日のこと。氏盛が知行地となった麻生の村を巡検することとなり、村人は歓待の準備を整えました。しかし、日野川が氾濫して板の橋を全て流してしまいます。

 

 

困った村人は村中から立派な帯を7本掻き集め、急遽これを川に渡して帯の橋を作り上げたのです。

 

 

 

この見事な帯の橋を見た氏盛は大変満足し、麻生の村が幸福になるよう手厚い保護を与えたといいます。

 

 

 

この時から、帯の掛橋が村に貢献したことを忘れぬために、麻生へ嫁入りする者は何がなくとも帯だけは立派なものを持っていく定めになったそうです。

 

 

さて祭の最大の見せ場ですが、高木神社や旭野神社の境内で「七人子供」と呼ばれる年少の7人の子供がカンカという囃子(はやし)を奉納し、ケンケト組という年長の若者たちが長刀振りをするシーンです。

 

 

カンカの7人は鉦(しょう)や太鼓などを打ち、ケンケト組は紺半纏(こんはんてん)に黒角帯、脚袢(きゃはん)という装いで、長刀を持って踊ります。

 

 

長刀を自由自在に振り肩の上で回したり、両手で持った長刀を前後に飛び越えたりする光景はまさに曲芸そのものです。

 

 

この神事は三社と掛橋の場と呼ばれる日野川近くの“レッケバ”を、渡御しながら行われます。

 

 

 

その際に、色鮮やかな七本木太刀の帯の渡りも見ることができます。

 

 

 

今年は4月22日(日)に祭事が行われる予定です。とても静かな町で行われる絢爛豪華なお祭りですので、是非足をお運びください。

 

 

今回の記事編集に情報並びに写真をご提供いただきました東近江市教育委員会文化財課様、東近江観光協会の西さん、「Nanidoko淡海」の鯉鮒鮎さん、「祭礼探訪」の風太郎さん。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

 

 

(※この記事は「滋賀サクの歴史浪漫奇行」にて2011年4月19日に掲載したものを加筆修正しております。)

 

 

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大地の恵みを一瓶に凝縮“ジャム工房 あーすふろあ”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

飽食大国日本”…いま時代は“たくさん食べたい”から“美味しく食べたい”にシフトしています。まぁ私が改めてそんなお話をする必要もないのですが…(*^_^*)

 

 

先日、前々から妻にせがまれてとある“ラーメン店”に足を運びました。“ラーメンの世界”と言えばまさに戦国時代。中途半端な店はたちまち淘汰されていくという厳しいご時世です。

 

 

営業時間は家族連れにとってとても利用しにくい時間帯。居酒屋の後に入ったテナントということで余り気乗りがしなかったのですが、まぁ“モノは試し”“机上の空論は邪道”ということでイザ入店!

 

 

結果、ダシのミソもクソも混ぜ合わせたような絶妙…いやいや微妙な味わい。おまけに大量の人工調味料で舌がしびれる始末。最後は夫婦でおトイレとお友達……惨憺たるものでした。

 

 

ベロベロに酔っぱらって味覚が麻痺した人がシメに食べるのならいいのでしょうけど、今時こんな時代錯誤な味付けしているなどとは正直驚きました。

 

 

さて前置きはこのくらいにしまして、今回はラーメン店の紹介ではございません(^^)

 

 

皆さんは食パンに何を付けて食べておられますか?バター、マーガリン、ジャム、チョコレート、ピーナッツバター、マヨネーズ、ケチャップ…それとも何もなしでしょうか?今回は個人で“自然の甘みと風味”にこだわったジャムづくりをされているお店をご紹介いたします。

 

 

彦根市のほぼ中間点。

 

 

甘呂町(かんろちょう)を縦断する旧巡礼街道(県道2号)から1本琵琶湖(集落側)よりの通り沿い。

 

 

こちらに、ジャム工房あーすふろあがあります。

 

 

他の田舎にある日本家屋の民家と違って、木目調のお洒落な建物が目印です!…といいつつもオーナーさん曰く、よく迷われるお客様が多いのだとか(*^_^*)

 

 

入口にはお手製のメッセージボードがお出迎え。

 

 

 

今月の新作”と書かれてありますね。

 

 

 

こちらでは毎月、新作や限定のアイテムが提供されているのです。

 

 

 

それでは早速お邪魔してみましょう。

 

 

 

ジャムジャムジャム……まさに“ジャムだらけ”です、当たり前ですが(笑)。

 

 

店内では、通常約50~60種類のジャムを販売されているそうです。

 

 

「じゃあ何故一部しか写真に撮って来ないのか?」とのご指摘、ごもっともでございます。

 

 

実は日曜日しかオープンされていないのにも関わらず“売切れアイテム続出中”でして、完全手造りのため生産が追いつかないのだとか。

 

 

あまりにも「歯抜け状態は忍びない」ということでこのアングルなのです。
ご容赦くださいませ<(_ _)>

 

 

こちらのジャムのこだわりは、この4点!

◆果実は全て無農薬・低農薬栽培・有機農法・EM農法などで生産された国内産を使用!
◆合成ペクチン・着色料・保存料などの人工添加物を一切不使用!
◆ペクチンが少ない果実には柑橘類等から抽出した自然の自家製ペクチン液を使用!
◆砂糖の量を控えて果実本来の甘みを最大限に活かした自然の甘み!

ここで豆知識。

 

 

なぜジャムにペクチンを加えるの?

 

 

あらゆる果物や野菜にはペクチンという成分が、植物細胞をつなぎ合わせる成分として含有されています。果物を糖分とともに煮詰めると、水に溶けたペクチンが果実中の酸との作用によりゼリー化します。

 

 

但し、果実の種類によってペクチンの含有量が異なるため、あの特有のとろみを出すために、わざわざ合成されたペクチンと糖分を加えるのだそうです。

 

 

市販のジャムの中で妙にドロドロで甘ったるいモノがあるのは、こういうことだったんですね。知りませんでした(@_@;)

 

 

 

そういった理由もあり、こちらの商品は無添加ですから果実の特性でそれぞれ粘性が異なるのだそうです。

 

 

また使用されている砂糖にもこだわっておられます。ここのジャムに使用されているのは、“洗双糖”と“ビートグラニュー糖”の2種類。

 

 

何やら聞きなれないお砂糖ですが…洗双糖は種子島産のサトウキビから抽出された糖液を濾過した後煮詰めて製造されたもので、ビタミン・ミネラルを豊富に含んだコクのある黒糖系。

 

 

ビートグラニュー糖は甜菜(てんさい/北海道で生産されている別称“砂糖大根”)から抽出された糖液を煮詰めて製造されたもので、やさしい甘みの白糖系。何れも天然素材100%のお砂糖なのだそうです。

 

 

またこちらではシンプルジャムミックスジャムコンフィチュール(香りの楽しめるタイプ)・マーマレードの4タイプを提供されていますが、一番興味深かったのは“マーマレード”。通常マーマレードは柑橘系の果実の“皮のみ”を使用しますが、こちらでは果肉も一緒に煮込んで皮特有の苦みを抑えてあるのだとか。これは実に興味深いです。

 

 

ミックスジャムの組み合わせはどのようにしておられるのかお尋ねしますと、「それぞれの香りを嗅いで、感覚的に“合うな”と感じたら組み合わせます。ほとんど失敗したことはありません。」と仰いました。お~っ!まさにニュータイプ!(古い?)

 

 

いまご自宅でブラックベリーの栽培を始められているとか。

 

 

 

ブラックベリーは収穫期が約1ヶ月あるそうなのですが、程良い状態の実が少量ずつしか出来ず、また毎日収穫しないと直ぐに劣化してしまうので大変だとのことです。

 

 

彦根産ブラックベリージャム”、楽しみですね(*^_^*)

 

 

最後に驚くべき事実を1つ。こちらのオーナーさん、実は大変稀少な女性一級建築士でいらっしゃるのです。

 

 

ちなみにこの自宅兼店舗の設計も全てご自身が手掛けられたのだとか。

 

 

そして何を隠そう、設計のお仕事が本業です(顔出しはNGでしたが、とてもお綺麗な方です)。

 

 

木材をふんだんに使用し、木のぬくもりと薫りに溢れた空間…憧れます(TOT)

 

 

自分もいつかは……いや、私はもう年ですから次世代に期待しようっと(爆)。

 

 

あとこちらは(趣味の)果実酒の数々。

 

 

 

特別に拝見させていただきました。

 

 

 

むしろオッサンはこちらの方が……オッホン、失礼しました。

 

 

 

こちらは免許の都合上販売はされておられませんが、レシピはこっそり教えていただけるそうです。

 

 

で、最後にこちらが我が家のジャムコレクション!

 

 

私は食パンを食べる機会が少ないので、お砂糖の代りに紅茶に入れて、“フレーバーティ”として楽しんでいます。

 

 

 

クラッカーにのせて、ホームパーティーを気取るのもいいですね(どこかでそんなCMを視たような…)。

 

 

大地の恵みが一瓶にギュっと凝縮された“あーすふろあ特製無添加ジャム”。あなたの食卓にもおひとついかがですか?

 

 

※現在オーナーさんはご出産&育児のため、一時休業されております。もうまもなく営業を再開される予定ですので、詳しくは下記オフィシャルブログをチェックしてください<(_ _)>
↓  ↓  ↓  ↓  ↓
http://sumutokoro.blog82.fc2.com/blog-entry-183.html

 

 

ジャム工房 あーすふろあ

・滋賀県彦根市甘呂町385番地1
・TEL. 0749-20-9258
・営業日/日曜日
・営業時間/10:00~18:00
・HP/http://earthfloor.web.fc2.com/

 

 

(※この記事は「滋賀サクの歴史浪漫奇行」にて2011年4月1日に掲載したものを加筆修正しております。)

 

 

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佐川美術館“ブライアン・ウィリアムズ曲面絵画誕生展”

「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました<(_ _)>

 

 

学生時代から社会人になりたての頃は、理解の如何を問わず(笑)見聞を広めるためにあちこちの美術館や博物館を巡っておりました。バブルの時代は本当にレベルの高い展覧会が目白押しでした。

 

 

結婚してからは随分とご無沙汰しておりましたが、最近色々と見聞を広める契機をいただく御縁が増えて参りましたので、自身を始め家族全員の芸術水準向上作戦を展開することに決定!

 

 

今回はその第一部といたしまして、守山市の琵琶湖畔に程近い佐川美術館を訪問いたしました。実は私、生まれてこの方滋賀に住み続けていながら、お恥ずかしいことにここは“お初”なのです(^^)

 

 

琵琶湖大橋東詰から湖周道路を約1km南下し、湖岸水保町交差点をさらに約400m東へ進んだところにございます。

 

 

駐車場は少し狭いので、JR守山駅から佐川美術館行の近江鉄道バスを利用されるのが便利です(所要時間約30分)。私は自家用車で参りましたが、駐車車両は何故か超高級輸入車ばかり…ちょっと私、場違い感にさいなまれました(>_<)

 

 

この美術館は1998(平成10)年、佐川急便創立40周年を記念して開館しました。何と日本近代美術界の至宝である平山郁夫氏(日本画)と佐藤忠良氏(彫刻)の作品が中心となって収蔵されているのです。

 

 

コンセプトは「湖面を現代に再生させ、厳島神社をイメージした水庭に浮かぶ美術館。全体にモノトーン調で派手さのない平屋造り。切妻屋根の和風建築様式。」なのだとか。兎にも角にも敷地が広いです。

 

 

平山郁夫氏や佐藤忠良氏の作品も勿論素晴らしいのですが、今回は滋賀を中心として日本の原風景を曲面のカンバスに繊細且つ大胆に表現する、ペルー生まれのアメリカ人画家・ブライアン・ウィリアムズ氏の絵画展を目的に参りました。

 

 

ブライアン氏は1972(昭和47)年に世界を巡るスケッチ旅行で来日。その時に触れた日本の風景に感銘を受け、以降現在に至るまで日本に永住されているのだとか。1984(昭和59)年より大津市伊香立地区に居を構え、日本人を凌駕する感性で滋賀の美しい姿を写実的に表現されています。

 

 

曲面絵画は、ブライアン氏が2007(平成19)年に佐川美術館で開催された「琵琶湖の原風景-ブライアンのまなざし」展にて初公開したもので、多様性に富んだ自然の姿をダイナミック且つ透明感・空気感溢れるものに表現する独自の手法であるそうです。

 

 

これを実現するために、なけなしのお金で建設機械や高所作業車を買ったというエピソードもあるのだとか。

 

 

芸術家はこだわりが凡人とは桁違いですね(^^)

 

 

展示ブースは原則撮影禁止ですので、掲載写真は図録所載のものを使用しています。

 

 

特に京都の清水寺をモチーフとした『錦秋清水』は彼の名を広く世に知らしめる代表作となったものです。

 

 

私は今回展示されている作品の中で一番印象に残ったのは、この『ブナ』です。

 

 

これは高島市奥朽木の原生林が描かれたもの。

 

 

その圧倒的な生命力の躍動感に、身体全体の血液が逆流するような感覚を覚えました(>_<)

 

 

当日予定には無かったようなのですが、急遽ブライアン氏が来館。

 

 

私が購入した図録へのサインにも快く応じてくださいました(^_^)v

 

 

また企画展鑑賞後、ひょんなことから京都市立芸術大学日本画研究室主催のワークショップに飛び入り参加!

 

 

何と絵心の全くない私が、人生初の水墨画にいきなり挑戦するハメに…

 

 

 

さて如何ですか、私の作品の出来栄えは?

 

 

 

犬に見えます?あっ、タヌキじゃないですよ(爆)。

 

 

この企画展は4月8日(日)までとなっております。

 

 

また最終日には、特別にブライアン氏によるウォーク&トーク(館内や展示室を歩きながら巡るギャラリートーク)が催されます。ブライアン氏の人となりに触れるまたとない機会ですので、是非この週末お出掛けください。

 

 

公益財団法人 佐川美術館

・滋賀県守山市水保町北川2891
・TEL.077-585-7800
・開館時間/9:30~17:00(入館は16:30まで)
・入館料/一般 1,000円/高校・大学生600円
・ホームページ/http://www.sagawa-artmuseum.or.jp

 

 

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